2017年2月6日月曜日

2/11今週土曜は中崎町キャンドルナイト。中崎町キャンドルナイトはなぜはじまったのか。

今週土曜、2月11日(土)は中崎町キャンドルナイトです。

中崎町キャンドルナイトは、旧・済美小学校が耐震の問題で取り壊しとなったときに、思い出づくりとしてはじまったものです。

旧・済美小学校は、こんな小学校。歴史のある小学校です。

大正5年(1916年)大阪市第三北野尋常小学校として創立
大正9年(1920年)校名を済美第五尋常小学校に改称
昭和16年(1941年)校名を大阪市済美国民学校に改称
昭和22年(1947年)校名を大阪市立済美小学校と改称
平成16年(2004年)児童減少を理由に廃校

ちなみに、済美の名前は、教育勅語からとられた、由緒ある名前です。


校舎も昭和5年(1930年)に竣工したもので、窓枠や門には丸みを帯びた意匠が採用され、なかなかモダンな校舎でした。
廃校となったあとは、地域のコミュニティホールとして利用されていたけれども、平成22年(2010年)に解体されました。
耐震問題ゆえの解体だったので惜しむ声も多かったのですが、そんななか、中崎町キャンドルナイトは、解体前に、最後の思い出として企画されたのでした。

開催されたのは、平成21年(2009年)12月10日のこと。

地域でガラス瓶を集め、お子たちが、そのガラス瓶に絵付けをし、そのなかにキャンドルを入れて灯す…。
茶屋町や西梅田で開催されている1,000,000人のキャンドルナイトとは違い、おカネをかけない、地域の行事として開催されたものなので、素朴で、ほっこりとした、暗闇のなかでキャンドルの灯りを楽しむ、本来的な意味でのキャンドルナイトです。

キャンドルを入れたガラス瓶は、「ありがとう」の文字にしつらえられて並べられました。なくなってしまう済美小学校校舎への思い。そんな思いが込められたキャンドルナイトなのでした。



懐かしのマヨくん! 彼は初期の中崎町キャンドルナイトで大活躍してくれた、ECCの学生さんです。



この後、元・済美小学校は解体されました。
僕はここの卒業生ではないですが、それでも、この更地になった風景を見たときには、ちょっとした喪失感がありました。


じつは、当初は、恒例化して毎年の行事とすることは、考えられていませんでした。あくまで、一回きりの行事として企画されていたのです。

でも、集めたガラス瓶にお子らが絵付けをしてくれたわけです。これらは立派な作品です。キャンドルナイトが終わったからといって、これらを捨てることができますか?
そんな思いが、一回こっきりだったはずの中崎町キャンドルナイトを年中行事へと進化させたのでした。
おカネはそんなに入り込んでないけど、血の通いや思いはたくさん入り込んでいるキャンドルナイトなのです、中崎町のは。

その後、中崎町ホールが完成し、中崎町キャンドルナイトは復活します。第1回から約2年後の、平成23年(2011年)2月12日のこと。
済美には夏に済美カーニバルがあり、中崎町キャンドルナイトは、夏のカーニバルと対をなす冬のイベントとして定着していくことになります。






ホールでのステージも、第2回からはじめられています。
手話エンターテイメント発信団「oioi(オイオイ)」は、このときから現在に至るまで中崎町キャンドルナイトの常連で、今では実行委員会のメンバーにもなり、情報保障をはじめとするステージ全般を担当してくれています。


以降、毎年2月に開催され、バレンタイン・デーと重なることもあれば、雪が降ることもあり、昨年はついに雨が降りました。
今回の2月11日で、第7回を数えます。

第1回で絵付けをしてもらったガラス瓶は、今でも使われています。自分が絵付けしたガラス瓶を探しに来られる人も、たくさんいます。
思うんですが、他のキャンドルナイトでは、展示されたオブジェや作品は、その後、どうなっているのでしょうか?

今回は、ほっかほっか亭のハースクレイさんが電光掲示板広告を出してくれるという、すごいご協力もしていただいています。



13時〜16時
写真展「今はもう見られない 元済美小学校」
東日本大震災支援TJWKニット作品展示&ワンコインワークショップ

15時〜
スタンプラリー

16:30
点灯式&ポスター表彰式

17時〜
ホールにてコンサート
天満中学校吹奏楽部
南ジョージバンド
手話エンターテイメント発信団「oioi(オイオイ)」
akira
みんなで合唱

20時 終了

今年は、周辺で中崎町バルも開催されています。チケットは中崎町ホールでも販売しています。