2016年11月21日月曜日

取材先、サッパボイラはやはりすごかった!

11月も中旬に入り、いよいよ年の瀬が見え隠れする時期になってきました。
自分の場合、年の瀬の大掃除は寒くて体が動かない(やる気も動かない)ため、まだ寒さもガマンできるこの時期におこなって、年の瀬は仕上げ程度で済むようにしています。
だからこの時期は結構忙しい&バタバタしています。

そんななか、つひまぶ「災害史号」が発行されました。
今回は、地震や水害、火災など、いつ起きてもおかしくない「災害」に焦点を当てました。
日ごろ住んでいる地域で、いままでどんな災害が起きて、どんな伝えられ、教訓として残されてきて、私たちがどんな心構えでいるべきなのか、ということを考えていただける1冊になったのでは、と思います。
まだお手に取っていない方は、ぜひ読んでみてください。

さて、今号も私の担当「モノづくり最前線」のコラムは、中津3丁目の(株)サッパボイラにお話をうかがってきました。

蒸気機関車は、昭和30年代に「動力近代化計画」という計画に基づき、気動車や電化に移行していった経緯で、1976年には旧国鉄から消滅しました。
実は、サッパボイラも第二次世界大戦以前は、工場などの構内用蒸気機関車の完成車を製作していた蒸気機関車メーカーだったのだとか。
しかし詳細の資料がほとんど残っておらず、会社事務所に飾られていたパネルは、当時の納車式に撮影されたもので、唯一残っている写真なのだそうです。
近年は、観光資源としての復元が活発になってきており、各地からボイラーの大規模修繕や定期全般検査などがあるが、定期全般検査で半年、大規模修繕にいたっては1年半の時間を要するそう。
腐食や劣化など、とにかく作業を始めてみないことには部品の新造や補修箇所などが判断できないために苦労の連続だということと、ボイラーを新規で作った時は、のちに修繕を行ったり、バラしたりすることを想定して設計や製造がされていないため、そこをどうやってクリアしつつ、大規模修繕に持っていけるか。そこにサッパボイラの技術力や長年培ってきたノウハウが生かされるのだと、取材をしていて強く感じました。

ちなみに颯波社長は記事でもあったように、入社するまで蒸気機関車には興味もなかったそうですが、社内で修繕された蒸気機関車の走っている姿を見たい、と実際に見に行ったところ、蒸気機関車の美しさに魅了されたといい、最近はイベントなどで「サッパさんですよね?」と声を掛けられるそうです。「声をかけられると、とても恥ずかしくて」とおっしゃいますが、蒸気機関車好きには抜群の知名度を誇ります。

中津の工場では、今日も「カンカンカン」と修繕の音が鳴り響き、サッパボイラの忙しい日々は続きます。