2016年2月22日月曜日

さよなら、オットーシューズ

ども、編集長のルイスです。

2月20日、「もうあかん やめます!」の垂れ幕でおなじみだった西天満の名物靴店「オットーシューズ」が、ついに閉店してしまいました。



ほんまに閉店するんか? やっぱりせーへんのんとちゃうか? と、情報は錯綜し、さまざまな憶測が流れるなか、やっぱ、今回はほんまに閉店やったみたいです。
閉店する!の一報が流れてから、いろんな人が訪れて、こんなに売れるんやったらやっぱり閉店はやめとこかなー、なんて店主のつぶやきもあり、この1ヶ月くらいの騒ぎは、なかなかおもろかったですね。







最後は、変な古着まで売られる始末で、なっかなかのカオス状態(笑)



店主の竹部浅夫さんが体調を崩されて、店頭に立ち続けるのが難しくなったんやそうです。足、めっちゃ痛いらしいです。腰も痛いらしいです。
竹部さんは尼崎のご出身で、靴の小売店で働いたのちに、昭和52年に独立。商店街ではなく、あえてビジネス街の西天満に店を構えたのは、他店との差別化を図るためやったとか。ドイツの通販会社「オットー」の創業者が靴職人だったことにあやかって、「靴のオットー」(「オットーシューズ」は俗称ですねん)と命名されたお店です。
シークレットシューズで人気があった店だけれども、この店を一躍有名にしたのは、人を食ったような、数々の垂れ幕です。
バブル後の不況で客足が激減し、「もうあかん。どないしよ」と不安でいっぱいになり、そんなありのままの思いを垂れ幕にしてみたのが最初。
これが人気を呼んで、いかにも大阪的なユニークな店として、さまざまなメディアに取り上げられます。

以後、垂れ幕は、調子に乗ってたくさんつくられ(笑) 世相を反映したタイムリーなものも出てきます。

「フセインさん もうやめてぇな」
「もうあかん やめます!」
「飲酒運転はやめましょう。靴はいて歩きましょう。」
「格差社会を是正せよ。身長の格差は当店で。」
「倒産(とうさん)セール! もうすぐ父の日だけにね!」
「横綱も、この店も、土俵際。シュート決めるな、覚悟を決めろ。」
「売り靴し!(※「靴」の字が逆さまにプリント) 逆さにしてもシャレしか出まへん。広告予算縮小中。」
「いややっぱり やります! どっちやねんセール」

だいたい、垂れ幕だけではなくて、店主の竹部さんこそが、なかなかのヘンコなオヤジさんで、サイズの違う靴を平気で売りつけてましたからね。25cmのサイズを買いに来てるお客に、「23cmしか残ってないし、安くしとくからそれで我慢してー」なんて言うてはりましたわ。「カカト踏んだらえーやん!」とか(笑)
それでも、竹部さんは、愛され続けましたな。なんとも言えん、とぼけた味があったのでした。

その証拠に、ほんまにやめる閉店セールは、ちゃんとした閉店セールをやって、世間にちゃんと覚えといてもらわんとあかん!ということで、応援隊が結成されて、その人たちが音頭をとって、最後の閉店セールが実現したのでした。
最後の方は靴も仕入れていなかったので、売る靴がなかったのに、付き合いの古いメーカーさんが委託販売で商品提供もしてくれました。




(ほんまの)閉店セールでは、お客さんに、どこから来たのかアンケートをとり、マッピングされた図が掲げられていました。
関西のみならず、北海道から来られた方もいて、なんちゅーか、ちょっとびっくりしましたな。



歴代垂れ幕の文言も掲示されました。




おもろかったのは、「あなたは閉店を信じますか?」のアンケート。信じてない人の方が多いという(笑)もちろん、僕も、信じてない方に回答しましたが。。



応援隊の自我爺山(じがじいさん)筆によるマンガ「もうあかん やめます」も出現しました。
閉店までの顛末がコミカルなタッチで描かれた、さよならマンガです。通しナンバーが打ってあって、僕のんは「 13」でした。
これ、投げ銭で、売り上げは全額、店主の竹部さんへのお餞別になるんやそうです。




2月20日、ほんまに閉店。
でも、数少ないシークレットシューズ販売店としては、この靴を切実に欲しがっている人のためにも、ネット通販で販売するとのことです。

シークレットシューズ(オットーシューズではアップシューズって呼んでました)って、こんなんね。
靴底が上げ底になってるんです。でも、外から見てるとわからないというスグレモノ。



最後の日は、あいにくの涙雨。それでも、めざましテレビなんかの全国ネットのマスコミもたくさん取材に訪れて、にぎやかなフィナーレとなりました。
テレビ、新聞にも、めっちゃ出ましたな。





「ほんまに」閉店した翌日、念のために、店に行ってみました。どうやら、本当に閉店したようです。


39年の長きに渡った名物店の灯が、またひとつ消えたのでした。
合掌。