2015年10月8日木曜日

【歴史が変わる瞬間】鉄道発祥はもしかすると……

歴史というものは、探っていくと新しい発見があったり、さらに謎が深まったり、ミステリアスな学問だなーって時々思うのです。
古代エジプト文明の謎を解く。そこまで壮大なものには関わったことがないけど、地域の歴史とか、食文化とか、自分の興味ある分野の歴史はみなさん調べたことあるんじゃないかな?
いろんな書物を見ていると、どんな分野においても歴史というものが存在していて、その道に通じていた人間の生きた証が見てとれます。こういったノンフィクションは、どんな小説よりも面白いし、こういうものを扱ったドラマとか、本やドキュメンタリーはすごく大好きですね。

実はこのブログエントリも、そんな不思議な歴史を取り上げるのですが、イマイチ確証がつかめていないものなので、(つまり、ウラが取れていません) もしかすると間違いがあるかもしれませんのでご了承下さい。

汽笛一声新橋を…

日本の鉄道では、明治5年に、新橋-横浜間に初めて鉄道が通ったというのはそこそこ有名な話で、知っている人も多いです。
大阪では、遅れること2年、明治7年に大阪-神戸間に鉄道が開業しました。現在の東海道本線ですね。
……と、大体の歴史書物にはそう書かれています。が、本当にそうなんでしょうか。

鉄道発祥はもしかすると……

造幣局。明治初期に天満の地で操業して、今日まで日本の貨幣鋳造を行ってきた施設ですね。江戸時代にあった銀座や銅座などの貨幣鋳造を廃止して、かわりに、新たに造幣局が製造するようになりました。
なんと、この造幣局に資材を運ぶために、明治4年頃にトロッコが荷物の運搬をしていたという事実があるそうなのです。
当時の造幣局は、資材や材料などをどうやって運び込むかということで頭を痛めていたらいです。素人考えでは、大川沿いにあるのだから船で運べば済むのではないかと思うんですが、何か理由があったのでしょう、そうはしなかった。
おそらく、市内には橋が架かっており、大型船は通過出来ないので、小型船に積み替える必要がある。その積み替え作業を嫌ったのではないかと考えるのですが、どうでしょうか。トロッコは、大阪湾から上ってきて、橋がまだ架かっていなかった川口の対岸、今の中央市場あたりから、曽根崎・老松あたりを通って、造幣局までレールを引き、人力(もしくは牛馬など)で資材を運び込んでいたようなのです。

明治4年、日本に初めて鉄道が通る前に、二本のレールを敷いたトロッコが利用されていた。トロッコも、カテゴリ的には立派な鉄道であるので、これが本当なら鉄道の歴史を変えるくらいの一大スクープですよ。奥さん。
この、歴史的大発見を公表したいのに、それが出来ないのは何故か。その理由は「資料が出てこないから」。

そうでしょそうでしょ。明治初期のお話しです。まだ造幣局も産声を上げたばかりの施設です。記録などしていなかったのかもしれません。
当時の住民も、「何やけったいな鉄の棒が地面に埋まってるで」みたいな感覚だったのでしょう。そもそも「レール」というものを見たことがないですし、その上に車を走らすという概念すらありませんからね。
このトロッコ、数年使われていたようですが、結局人力ではたいした輸送力がなく、早々お役御免になったようで、このあたりも資料が出てこない一因になっているのではと思います。その後は何事もなかったかのように、造幣局まで船が横付けされて荷物を運んだということですから、何故トロッコを敷設したのか、ここらへんも疑問が残るところです。

ただ、何故私がこの話を知っているかというと、どこぞの本に載っていたんです。それが趣味系の雑誌なのか、地域を扱うの本なのか、よくわかりません。調べている最中なのですが、そんな時間が最近取れなくなっています。
本に載っている(載っていた)というのだから、一部の人は知っているはずですし、そこにも少ないですが資料が掲載されていたはずですので、どこかを探せば絶対に当たるはずなんだけどなー。
是非、この事実をご存じの方、もしくは資料をお持ちの方、こんな所にデータが存在するよとヒントがある方、参考にさせていただきたいので、よろしければご連絡を下さいませ。

今夜あなたが目撃者ヽ(´∀`)9 ビシ!!

このように、新たな資料の発見によって歴史は変わることがあります。
今、学校の歴史の授業では、私たちが習ったことと違うことを教えられている場合もありますからね。
鎌倉幕府の成立は、1192年ではなく1185年です。聖徳太子は、今は厩戸皇子(うまやどのみこと)で、もしかしたら聖徳太子はいなかったかもとか言われていますし。
そう、歴史は変わるんです。
鉄道発祥も、東京ではなく大阪が最初になる可能性もあります。
一緒に歴史を変えましょう Ψ(`∀´)Ψケケケ