2015年9月3日木曜日

キタの昔話をもう一度

9月最初のつひまぶブログです。
今日は、物語です。
先日梅田をぶらぶらしていた時のこと。
たまたま立ち寄った本屋さんで、妖怪の本が大々的に並んでいました。
面白かったので、「郷土研究 上方」で妖怪とか怪談とかあったかしらと探してみたら、やっぱりありました。たくさん掲載されている中の、ほんの一部ですがご紹介したいと思います。

日垣明實併書 大阪妖怪書談 ー「郷土研究 上方 上方怪談号」昭和8年9月1日発行の第33号から引用します。ここに記載されているお話はみな、日垣さんが、家族や近所の人、関係者聞いた実話だそうです。妖怪というより幽霊や動物のお話が多いのはそのせいかもしれません。

「狸、車夫を誑らかす」
明治二十年頃迄の事になるが、大阪江戸堀にて毎年、秋より冬に掛けて一二回は必ず左記(本文縦書きのため)の如き騒ぎ有りて、評判となりたり。
江戸堀犬斎橋南詰東の筋は北は川岸にして、橋の無き筋なるが、深夜車夫が客を乗せて此の筋を南より馳来り、橋の無き所にかかわらず、其の儘走り行くにより忽ちにして川中へ顛落し、車上の客と共に悲鳴をあげて呼び立つ事屢々有り。近隣の人等は「そら又やられた」と顔見合せ、飛び出でて協力して車を引摺り上げて助ける也。後にて車夫に仔細を尋ぬるに、此處は橋の無い事と知りつつも、ふと前方に橋が架り在り、橋上を人が二三人行きかう状に、不思議に思ひながらも走る内、遂に川中へ飛び込んだる始末なり、と語れりとぞ。かかる事昔より幾度となくあり、筆者は此の邊に永く住み居たりしより、何度となく事件に出遇して熟知せる所なり。


「塵芥山の大蜥蜴」
天満堀川(當今の北区扇町公園附近)の邊は明治維新前には天満邊の塵芥の一大捨場となって居り、人呼んでごもく山と称して居たり。其の後堀川を淀川へ開通さす為工事を起すに際し、其のごもく山を取り除き、清潔になさんものと、時の役人共が、人夫を指揮して、何十年の間汚物にて宛ら山の如く成り居る處を、取壊しに掛かれり。工事も追々捗る内、突如として、異様なる音響と共に、中より凡そ六尺に近き大蜥蜴飛び出し、役人共を睨み付けたるにより、何れもびっくり仰天し、我を忘れて逃げたり。其の間に大とかげは、前なる堀川へ飛び込んだといふ。此の事有りてより、近年に至る迄、毎年此の附近にて二三人の水死人有り。矢張り此の大蜥蜴の仕業ならんかといふ、筆者は此の近所木幡町の生れなれば幼少の折両親より屢々話を聞き且つ川遊びを止められたり。


大蜥蜴のお話は、以前にご紹介した青空書房 坂本さんの「扇町公園と云う空間」にもでてきます。こういうお話だったんですね。意外なところで、つながってしましました。