2015年8月20日木曜日

子どもの頃の記憶を辿れば・・・

阪神百貨店、戦後70年報道写真展に行ってきた。
梅田界隈の昔の写真を見るのが目的だった。


さすがに戦後すぐの写真はわからないが、この写真になると見覚えのある景色がある。
子どもの頃の記憶にあるビル、最近まであったビルもある。
黒い屋根のほとんどは民家や店舗で、今のようなビジネス街ではなく生活区域だったことがわかる。
阪神百貨店は東側角の建設当時のままで、阪急百貨店や第一生命ビルに比べると小さいのがよくわかる。
阪急電車はまだ、国鉄(JR)の下を通っていて高架になっていない。


西側部分は昭和38年に大阪神ビルとなって誕生する。
私が子どもの記憶としてしっかり残っているのは、この頃(昭和38年)からである。
阪神百貨店と阪急百貨店の屋上遊園地に行って遊ぶのが楽しくて、帰りに阪急百貨店大食堂でお子さまランチを食べて、地下食料品で大きいカップのシャーベットアイス(当時は阪急にしか売ってなかった)を買って帰って食べる。これが毎週土曜のお決まりのコースだった。
阪神百貨店屋上のモノレールとミニ観覧車は特にお気に入りで、これに乗ると海が見渡せた。今でも高層ビルに上がると見えるが、当時としては子ども心にワクワクして見ていた。


昭和42年頃でも、現在のヒルトンホテル・第一ホテル・駅前ビル辺りは、戦後の闇市当時からの店舗が並んでいた。四ツ橋筋沿い、今のヒルトンホテルのところにあった旭屋書店がお気に入りで学校時代はよく行った。その裏に飲み屋街があって、そこの友達と路地で遊んだ。今では考えられない光景。


第一生命南側は梅田丼池と言われた繊維街だった。この部分は現在の丸ビルになる。


戦後の痕は再開発され最後に残った部分も昭和63年6月話合いによって取り壊され、戦後から続いた店舗は大阪駅前ビルに建て替わった。

そして、阪神百貨店界隈が10年後を建替え工事中、高層ビルになる予定

梅田が住居地域だったなんて誰もわからないでしょうね・・・