2015年7月30日木曜日

2015天神祭、無事終わりました~「天神祭、船渡御ってどんなん?」

今年も晴天酷暑の中、天神祭は無事終わりました。

天神祭関係者が、毎年願うのは「雨だけは降らないで欲しい」ということです。

平安絵巻さながらの陸渡御では、煌びやかな衣装も、太鼓も、獅子舞も、傘踊りの傘も、雨には勝てません。
花火も上がりません。祭に来る人も少ないでしょう・・・いえ、いないかもしれません。
雨が降ると屋根のない奉安船・供奉船・奉拝船では、飲食ができません。
びしょ濡れの中、船渡御が行われ船が行き来するだけかも・・・

私はラッキーにも、天神祭で雨に遭ったことがないのです。
なので、雨の天神祭はどんな様子なのか知りません。知りたくありませんけど・・・

今年は祇園祭が台風11号のお蔭で、悪天候の中、斎行されました。
天神祭前に台風12号が再発生したので、雨が降ったら・・・と、
今年ほど気になった年はありませんでした。

しかし、道真公の御遺徳のお蔭をもって、今年も天候に恵まれました。感謝申し上げます。

さて、今回のブログは「船渡御ってどんなん?」とよく聞かれますので、
私が案内していている鳳講供奉船で、今年乗船された方の写真を使って、
船上から見た景色で船渡御を紹介します。

陸渡御が終わった順に出航します。
私たち鳳講は後ろから2番目に天神橋第一乗船場を出航、時間は19時過ぎます。

46番船、鳳講奉安船

47番船、余丁船(余丁とは神輿の担手のこと)

48番船、鳳講供奉船(神様のお供をする船)、これが客船になります。

神様のお供をして出航・・・

出航すると船上の楽しみは、やはりこれですね!

天神祭に欠かせない、ハモ・鰻・白天などなど、豪華なお弁当!

お弁当を食べながら、天神祭の由来や行き交う船の説明などを聞いていただきます。
そして、乗船客のみなさんも一緒に、行き交う船や人と交わす大阪締め・・・


船上から篝火と大阪城が見えます。ビルがなかった江戸時代には、大阪城からも船渡御が見えていたことと思います。

そして、みなさまが一番待っていた、神様の氏地巡行を祝って打ち上げられる奉納花火!
ということは、神様のお船の近くがよく見えるのです。鳳講供奉船も真上で見れますよ。


video


途中には、舞台船もあって見どころがたくさん!


船上から見た、川と橋と見物客はこんな感じに見えます。


普段、橋の下は見えませんが、船渡御ではギリギリです。

周りが暗くなると行き交う船の灯りが美しく、船渡御も最高潮、声を掛け合い大阪締め!
これが天神祭一番のコミュニケーションツール!

このように、船渡御は天神橋を出航して飛翔橋でUターンして天神橋へと戻って行きます。
その後、鳳神輿は祭のクライマックス、宮入へ向かいます。
みなさんも是非ご乗船いただければ、楽しいこと間違いなし!


ここからは番外編
出航前の鳳講供奉船だけのお楽しみ!
陸渡御で神輿を担き続けた興奮冷めやらぬ状態の中、講員が唄う木遣り唄、船渡御出航へ最高潮に盛り上げてくれました。



船上から見たもっとも船渡御らしい景色

今年乗船された方はラッキー、初めて供奉船に来られました。鳳講の一番偉い人!

最後に、天満大自在天神(道真公)が見た奉納花火

天神祭、また来年!

2015年7月27日月曜日

阪急村の歴史

ども。編集長のルイスです。
いろいろと調べものをしているなかで、阪急百貨店界隈の歴史をまとめたものを入手したので、放出。
角田町や茶屋町は阪急村と言ってもいいくらいで、阪急の発展抜きには語れませんわな。

阪急百貨店は1929年開業。
電鉄自体は1907年に箕面有馬電気鉄道が梅田に乗り入れてますから、百貨店ビルができたのは、20年後になってからの開業だったんですね。
もちろん、日本最初のターミナルデパート。小林一三の先見の明のたまものですな。






1931年には第2期竣工。こんときに、あの、アーチ型天井の駅コンコースが誕生してます。





1930年代は増床に次ぐ増床で、当初の計画を着実に実行していく時代だったみたいです。
第4期工事が竣工して、延床面積57,900㎡! 今みたいなタワー型じゃないのにこの延床面積なので、メチャクチャ広いです。計画を立案したその段階で、すごいなと思います。理屈と算数だけだと、こんな計画を立案するのは無理です。楽天的な夢想とロマンと情熱があったんだと思いますわ。





この当時まで、阪急電車はJRの上を走ってました。でも、東海道線の高架が決定して、線路付けかえと駅舎移設の大工事がはじまります。1日で移設の工事をやってのけたんだっけ?





第5期。阪急がどんどん北へ延びていっているのが、右の図からわかりますね。







新阪急ビル竣工。阪急八番街の誕生です。当時、相当に最先端のファッション発信基地だったと聞いてます。ファッションの阪急って、このあたりからイメージがつくられていくのかな。





1964年、新阪急ホテルが開業します。ビジネスマンが泊まれるリーズナブルなホテル? そんなコンセプトだったとはまったく知りませんでした。





1969年、阪急三番街オープン☆
時代的に覚えているはずはないんですが、世界初の川が流れる地下街のオープンで、川にコインを投げ入れる人が後を絶たなかったというニュースをなぜか覚えています(笑) どこで刷り込まれたのやら…。





1971年、阪急ファイブがオープン☆
古い写真を見たとき、このビルの屋上に「five」とデカデカと描かれているのを発見して、なんかすげー!と思いました。





1972年、現在の建て替えまでのおなじみの阪急百貨店が、この時期に完成します。
阪急17番街も、この時期オープンですか。あんまり行ったことがないけど…。





1977年、阪急グランドビルがオープン。ここの展望台はよく行きました!
展望フロアにあった「王様のアイデア」とか、まだあるんだろうか?





1980年、ナビオがオープン。地形を利用した、船のかたちをしたビルは、歴代、おなじようなかたちをしていて、この場所にはこれ以外のかたちのビルを建てたらいかんといったような暗黙の了解があるかのようです(笑)





DD HOUSEは1985年にオープンですか。オープン時には、線路を眺められる位置におしゃれなバーがありました。とてもバブリーなかんじがしたのを覚えてますわ。





阪急三番街がリフレッシュ。海外の有名な画家がリニューアルに関わったとかなんとかだったのという記憶がうっすらとあるんだが、誰だったかな? ベルナール・ビュッフェか。





1992年、インターナショナル阪急とその周辺がオープン。この時期は日本にいてなかったので、オープン当初の模様は知らんのですが、阪急はもう一個北に移るのか?と、思ったような思わなかったような…。





1998年、衝撃の観覧車登場(笑)
これは今でも、キタの名所になってますね。まさにランドマーク的存在。500円ワンコインで乗れますよ。





以下、最近。










阪神百貨店の建て替え工事がはじまったから、このあたりの景色もまだまだ変わっていきますな。

2015年7月23日木曜日

天神祭前夜です!

今日は、7月23日。
天神祭もいよいよですね!
今日は御羽車巡行、ギャルみこし宮入、式庖丁奉納、OBP前夜祭、北新地巡行と盛りだくさんです。
「お昼はいけないよ~」という方も、17時からのOBP前夜祭や、20時からの北新地巡行はいかがでしょう?

OBP前夜祭は、大阪ビジネスパークのツイン21MIDタワーであります。催太鼓、龍踊り、獅子舞、傘踊りとにぎやかです。

そして、20時からは北新地巡行。こちらでは獅子舞と傘踊りとおみこしがみられます。また、新地クイーン、準クイーンも登場。タイミングがあえば、一緒に写真を撮ってもらえるかも?
そういう私は昨年、一緒に写真を撮ってらいました(笑)

写真の獅子舞は、昨年の巡行のスタート地点であるANAクラウンプラザホテルのロビーでの一場面です。巡行でももちろん見られます。









両方とも短時間ですが、見応えがあります。また、写真でお気づきかと思いますが、24日、25日のような人混みもないので、前に人がいてよく見えない、ということもないです。
お仕事帰りの寄り道や、お散歩がてらに、ぜひ!

今日ですよ~



2015年7月20日月曜日

天神祭と当日のわたし

昨年は20日に梅雨明けしているので、今年も20日前後が梅雨明けの日といわれています。
梅雨が明け、暑いなにわの夏を一気に盛り上げてくれるのが「天神祭」ですね。

今回の「つひまぶ天神祭号」は、1年前から取材を重ねていきました。
私の担当は紙面での画像セレクト係だったので、5,500枚という膨大な画像から画像選びを行いました。
もちろん25日は全員参加で各撮影班に分かれて、渡御の様子を取材していたのですが、
実は…私だけ撮影に参加していませんでした。
私は、当日どうしていたかというと、実は神輿を担いでいたのです。

昨年も暑かったですが、今年も
暑くなりそうです!

神輿を担ぐ立場になった時、改めて思ったのは、神輿担ぎは基本的に陸渡御メインということでした。
船に乗っている船渡御の間は、飲食と休憩時間に充てられます。そして船渡御の後に宮入が待っているため、体力をもうひとふんばり温存させておかないといけません。担ぎ手にとっては、ホッとできる間なのです。
ということで、天神祭はどうしても船渡御にスポットがあたる(テレビ中継も船渡御と奉納花火がメインですし)のですが、ぜひ今年は陸渡御列も観覧してみてください。

そして実際に神輿をご覧になってみると感じると思うのですが、かなり大きいです。
重さ約2トンの神輿という存在は、本当に人の力で持ち上がるのか!?なんてことを思ってしまうくらいです。
50人で担いだとしても、約40キロの重さを全員が支えなければなりません。
船渡御の際は、クレーンで吊って移動します

この重さは、実際に担いでみないとわかりません。
あとは、持ち上がっても真っ直ぐ運行するのが難しいのです。
担ぎ手全員の息が合わないと、曲がる傾くなんて当たり前。
持ち上がっても息が合わないと前に進んでもいかないのです。
そして息がズレ始めて神輿が傾き始めると、重みは肩に一気に掛かります。
重みが一気に掛かってきた時の気持ちは、「本当に肩が壊れちゃうんじゃないか」という気持ちになるくらい辛いです。
だから、全員の思いが神輿に込められないと運行できないのだと肌で感じました。

今年も、その日がやってまいります!
右肩で担いだので、厚手の特性肩パットを当てていても
アザになっていました。
そして、今年も私は担ぎます!
担いだことによって天満宮への思いは強くなりましたし、重くて暑くてつらいことも、
誇りに変わるっていうのですかね。

あの集団の中に、つひまぶ担ぎ隊がいるので、ぜひ観覧してみてください。