2015年6月8日月曜日

天神祭は、つながる、ひと、まち、ぶんか、「つひまぶ」です!

私がまち案内でよく聞くこと、「日本三大祭って、ご存知ですか?」
出る回答は
 「祇園祭・時代祭・葵祭」・・・違うやん、京都ばかりやん!
 「祇園祭・ねぶた祭り・仙台七夕まつり」・・・全国ネットのニュースに出てるなぁ・・・
 「祇園祭・ねぶた祭り・博多祇園山笠」・・・北から南まではいってるなぁ・・・なるほどそうか・・・
回答にそういう心の声をいいながらいつも思うのは、祇園祭は100%入っている。すばらしい!

で、正解は「祇園祭、神田祭、天神祭」なのです。
(ただし、神田祭は2年に一度なので、山王祭でも正解)

まぁ10人聞いて、ひとりくらいは天神祭を入れてくれますが、こういう答えがほとんど・・・
「天神祭」と「神田祭」は、ちょっと悲しいです。
これって大阪以外の人ばかりに、聞いたわけではないのです。

そこで、全国の人に浸透しようなんて大きなことは思いませんが、
せめて北区にいる人には知ってもらいたいなぁと、今回のつひまぶは「天神祭」を特集しました。

ただ知ってもらうのではなく、つひまぶ独自の紹介の仕方はないかいろいろ考えました。
天神祭って日本三大祭ですが、同時に地域の祭でもあるのです。
そこで、つひまぶの「ひ」、人にスポットを当てて紹介しました。

1.祭を支える「人」
神職は、準備から片付けまで祭を陰から支える人たちです。
公との前打ち合わせと協力願い、企業協賛、地域団体への協力願いなど、数えきれない事前準備があり、祭が近づくと、茅の輪つくりの材料集め、設備など肉体労働に変わっていきます。

茅の輪をつくるために、神職が近江まで葦狩りに行くのです。
これらは神職という仕事にはほど遠い作業ですが、暑い盛りに実際に行っているんです。
そして、持ち帰った葦を茅の輪にしたり、鉾流神事のこもを作るのも神職です。
昔ながらの道具を使って作る地味な作業、陰で支える人たちなんだなぁと実感します。
 
こもに入れる人形(ひとがた)もエコを考えて、自然環境に影響しない素材を使っているとか。
天神祭も時代に応じたいろいろな苦労があるんです。

鉾流神事(夏越しの祓い)は、7月24日9時から旧天満警察前鉾流橋北詰で斎行されます。
 
こもに人形を入れて川に流す
ここに鳥居しかないのは、神事を行う大事な場所だったからで、どなたでも参加できる神事ですので、是非お越しください。

7月になると境内には祭の当屋という、各講の道具や神輿を飾る小屋が設置されます。
この当屋を作るのも神職で、器用なんですね。まるで大工というか作業員のようです。
天満宮に訪れた人は、この姿を見て誰も神職とは思わないことでしょうね。(笑)

一昨年、天満天神の水が出てきたことで、昨年の天神祭から御神水として渡御の先頭でお浄めをしています。
 
毎年6月頃から祭が終わるまで、神職はいつ休むのかと思います。
そして、いよいよ祭直前の7月23日には、3泊4日の荷物をもって泊まり込みになるのです。
食事は女性神職が作り、一つのシャワーを交代で使う、まるで合宿?本当に頭が下がります。
事故なく、祭全体が時間通りに斎行されるよう気を配り、祭の奉行として走りまわる姿をよく目にします。
7月23日~25日、3日間の神職は、いろんな意味でピークに達することでしょう。
 
神職が奉行として出ている中で、斎主である宮司が祭では全く拝見することがありません。
実は、斎主は陸渡御の中に居られます。
御神霊の後ろを御輿に乗って渡御されているんです。誰も気づく人はいません。



2.地域の「人」
神職だけでは天神祭を行うことは不可能です。
そこで、天満宮の氏地の人々の組織を「講」といい、この方たちによって天神祭は支えられているのです。

ここに住み始めて感じたこと、こんな都会でありながら町のコミュニティができているんです。
親子何代も同地域に住んでる人がたくさんいます。しばらく外に行っても戻ってきます。
これってなんでしょうね。
みなさんと接することが多くなってよくわかったこと、祭の力なんです。
運動会、盆踊りなど、どんな場合も地域(=祭の講)で動くんです。
横の関係だけでなく、縦の関係もつながっていて、ちょっとびっくりですが、ホンマに仲いいですよ。

神輿の庫出しには仕事を段取りをして、駆けつけるのです。
他の講の人たちや神職も加わって、重い神輿を担ぎます。
祭前の楽しい時間、大人ですけど子どものように見えます。(笑)
 

地域の縦の関係の良さを一番感じるのは、7月15日から始まる天神講獅子の練習。

ここでは大人が子供を指導します。
みんなが口を揃えていう言葉、「今度は私たちが教える番!」
小さい子どもたちの目が真剣そのもの・・・

生まれたときから、いいえ、お腹の中にいるときから天神囃子を聞いていたんでしょうね。
たった10日間の練習で、幼稚園にも行っていない子どもが、大人と同じステップを踏むんです。
かわいいというより驚きでしかありません。
祭当日の炎天下に、大人に交じってこの子たちも「ソーレ」の掛け声で氏地を練り歩くんですね。



天満宮氏地の中でも一番近くに位置する菅南連合8町会は、鳳講にご奉仕しています。
この地域の子どもたちは、鳳講子どもみこしを担いで育ちます。こうして将来、何かで祭に関わっていくんです。
 
女性陣も支えてますよ~
ご主人・息子が表の支えなら、船渡御の乗船者のお弁当・飲み物係りは 奥様方、裏方に徹します。

他の地域の祭も天神祭の日に行われます。
太鼓中と同じ赤い頭巾をかぶった子ども太鼓、この中から将来太鼓中の願人をする子が出るんでしょうか。
7月に入ると天満宮以外でも天神囃子が聞こえ、地域の祭の練習が盛ん行われています。
天神橋筋商店街を練習場にしている町内もありますので、歩いていると遭遇するかも・・・

 
番外編
忘れてはならないボランティア集団「ダストバスターズ」
この方たちのお蔭で、私たち地元は祭の翌日から気持ちよく生活ができます。
以前は、祭の間も終わってからも、片付けよりもゴミの始末と掃除が大変でした。
ダストバスターズができてからは、毎夜きれいに片付けされています。
このゴミを最終集めるのも、神職のお仕事だとか。
心より感謝!
 


そして、祭の翌日の片づけが終わって、みんなから出る言葉、「さあ、来年の祭が始まる!」
人と町はハレ(非日常)からケ(日常)に戻って、神職も変わらない日々が続いていく・・・来年の天神祭の日まで・・・


天神祭号を出すと決まってから、つひまぶ実行委員会では6月から取材を始めました。
夏の暑い日神職に同行して葦狩りに、当屋建てに、神輿庫出しに、夜の天神講獅子の練習に、そして7月23日~25日の3日間は終日、各神事や巡行に、26日の庫納めまで、約2か月間の天神祭取材でした。
みんな猛暑の中、撮影機材を持ってあちこち走り回りました。暑さで倒れそうになりながら・・・
私たちの取材も、みなさんの協力なくしてできませんでした。人のつながりなくしてできませんでした。
天神祭も、神職はじめ地域の人が協力して支えてできるものです。
もちろんこの方たちだけでは、祭の成功はありません。
見に来てくださる人、警備の人、警察・消防その他多くの人が関わって祭ができるのです。

天神祭は、つながる、ひと、まち、ぶんか、すなわち「つひまぶ」です!