2014年11月6日木曜日

つひまぶ第2号「大阪天満宮名水復活」続き


大坂四清水のひとつである大阪天満宮境内の「天神の水」が復活しました。
天神の水は、江戸時代の参勤交代で大坂に立ち寄った大名に飲料水として供し、
明治時代になってからは、明治天皇が大阪行幸の折に、献上されていました。

大阪天満宮の井戸は五つの水脈からなる「五知の井戸」と言われた名水でした。
酒は米から作りますが、美味しい水がなければできません。
この名水があったからこそ、天満界隈に造り酒屋が発展し、
明治頃まで130軒ほどの造り酒屋があったそうです。
工業化の水質汚染と地下水くみ上げによる地盤沈下、
地下鉄建設も水脈を寸断したとされ、井戸水は絶えました。
今ではその名残さえありません。
わずかに、旧町名の樽屋町・壺屋町に酒の樽や壺を作っていたという名残がある程度でした。

そこで、この名水を復活させようと、大阪天満宮、天神橋筋商店街連合会、関西大学が連携してプロジェクトを立ち上げ、井戸があった辺りを掘ると地下70~80メートルから良質な水が汲み上げられることが分かりました。
そこに出来たのがガラスの祠

きれいな薄緑のガラスは、天満に住むガラスアーティストの岡本覚さんの作品で、「ビードベール」といいます。
「ビードベール」とは、ワイン瓶・板ガラス・窓ガラスなどの廃棄ガラスを再生しアートにしたもので、従来のガラスと違って透明性に優れた素材で、照明やテーブルトップに利用されています。

なぜ祠をガラス製にしたのか?
天満はガラス発祥の地だからです。

 
江戸時代1751年頃、長崎商人播磨屋清兵衛が、大阪天満宮前でガラス工場を始めたのが最初で、そのことを記したのが、この碑です。
日本のガラス工業会は大阪から始まったのですが、幕末には江戸にその地位を奪われました。
昭和になって戦後、公害問題とガラスを溶かす1200~1400度という炉が危険なので、消防法に適合しない工場から順になくなっていきました。
今その名残として残っているのは、天満切子と象印です。

岡本覚さんのアートでは、中之島剣先公園にある噴水が有名です。
剣先公園に来たら近くで見てください。薄いガラスを重ね合わせた船を!

 
今回の井戸水を使って、大阪天満宮では、お祓いの神水として活用すること、天神の水はまろやかな軟水なので飲料水として販売する計画もある。
最終目標は、酒造りができること!