2014年10月30日木曜日

造幣局工場と造幣博物館でお金のことをちょびっと考えました。

 
天正菱大判の裏側(当時の修正の跡がうかがえます)

 造幣局ってご存知ですか?大阪の人なら「ああ、桜の通り抜けのとこやね」って返事が返ってきます。毎年4月には必ず「桜の通り抜け」のニュースが流れますもんね。でも造幣局の本業である「お金造ってるとこ」って部分はなんとなくしか知らなくて。確か紙のお札は別のところで造ってて、大阪の造幣局ではコインを作ってはるらしい・・・程度の知識しかありませんでした。
 博物館があると聞いて、そのうち行きたいなあと思っていたら、ちょうど北区役所主催のまち歩き「北区ぶらぶら」で工場と造幣博物館の見学があるというので参加しました。(「北区ぶらぶら」について興味のある方は区役所広報紙かホームページをご覧くださいまし。)
正門を入ったところ。これが造幣局の建物

 国道に面した正門を入って、詰所で見学者用のバッジを受け取ったら、1階にショップがある建物の2階に上がります。そこで今日の見学ツアーのガイドの方から、まずビデオを見ながら説明を聞きます。このお話が結構面白くて、「お金だけを造ってるとこ」じゃないことがわかって興味深かったです。
    
    明治4年の創業式から今年で143年目になるそうです。明治4年って、ついこの間まで江戸時代でしたって頃ですよね。明治維新があったからって、昨日から今日へ急に庶民の生活が変化したわけではなかったと思うんですよね。まだ、ちょんまげの人もいたかもしれない。そんなことを考えると、当時、日本の近代的な貨幣制度を作ろうと、建物も機械も人も、最先端の技術をこの大阪に集めたんでしょうね。NHKのドラマとかにならないかなあと妄想してしまいました。
    紙幣(お札)は東京に本局のある国立印刷局というところで作ってるそうです。この造幣局では、貨幣(硬貨)の製造のほか、勲章・褒章の製造、金属工芸品(国民栄誉賞の盾、オリンピックメダル、夏の高校野球の優勝メダルなど!)も製造しています。他にも貴金属製品の品位証明もしています。「ホールマーク」といって、指輪などの内側に日の丸と数字などが刻印されてるアレです。
 いろいろなお話が聞けましたが、印象に残っているのが500円玉の偽造防止技術。潜像(せんぞう)といって、見る角度で異なった模様が見える(500円玉を斜めにして見ると0の中に文字が見えるんですね)のや、斜めギザなど、造幣局ならではの最新技術で偽造防止効果が非常に高いそうです。私、知りませんでした~。毎日触っているのに、お金ってじっくり見ていないもんですね。
通り抜けの道を歩いて造幣博物館へ

 建物を出て、桜の通り抜けの道を半分位歩いて工場へ向かいます。工場はガラス越しに長い廊下を見学します。匂いも無く、完全に遮断されているためとても静かです。袋詰めまでかなりオートメーション化されていて、作業されている人の姿も少なかったです。ガラスの向こうで、ベルトコンベアーからキラキラジャラジャラ(音は想像で!)と落ちていました。機械の近くで眺めたいなあと思ったけど、防犯上無理ですよね。ちなみにできあがった貨幣は最後に袋に詰めますが、500円玉だと1袋が重さ14キロで100万円分になるそうです。




地方自治法施行60周年500円記念硬貨のリング部分だそうです。
これが貨幣になっていくのですね〜
 工場の見学の後、造幣博物館へ移ります。ここの展示物を事前にホームページで見ていたんですが、実物を見るのは断然面白かったです。
 昭和39年の東京オリンピックや長野オリンピックのメダルも「へえ、これが実物なんや〜」と思ったんですが、勲章がとても美しいです!写真撮影不可で撮れなかったので、食い入るように見てきました。「勲章欲しがる人の気持ちわかるわ〜」って思って帰って話したら、「いや、勲章欲しい人は、モノが欲しいんじゃなくて名誉とか欲しいんやから、形は何でもええんちゃう?」と笑われましたが、あれは欲しなるよ〜。本当に綺麗でした。
 NHK歴史秘話ヒストリアで放送されていた「竹流金」や秀吉が作った世界最大級の「天正長大判」などが、ガラスで挟んでLEDの照明で美しく展示されているので、裏側の細工跡まで間近に見ることができます。竹流金は、ポキッと折って使ったりもしたとか。まるでチョコレートみたい?淀川で発見されて、実物はここにしかない貴重な物です。
  生まれた時からお金は普通に存在する時代に生きているので、貝殻のお金から始まる大昔の歴史を見ていると、不思議やなあと思うのと同時に、人類にとってお金というか、貨幣をちゃんと流通させるって大変なことやったんやなあと思いました。
海に近かったら大金持ちになれる?


 古い時代のお金の展示も面白いんですが、現代の世界各国の記念硬貨の展示も面白いです。写真を載せたらキリが無いので、ぜひ実物を見てください。
立体の硬貨。しかもカラー。ブローチみたい?
 千両箱の展示がありました。持ち上げてみれるようになってます。重いだろうとは思いましたが、まったく持ち上がりません。じゃあ、あの時代劇で肩に担いで屋根の上を走るのは何やったん?と思いました。盗みの一味が大八車に千両箱をいっぱい載せて曳きながら走って行くシーンもあり得ないですね。時代劇好きとしては軽いショックでした。
向こうに見えるのが貨幣の袋。重くて「泥棒するなら紙幣だな」と(笑)


帰りにショップで「造幣せんべい」をお土産に買いました♪
1円玉から500円玉まで全種類あります。


 造幣局工場見学は事前申し込みが必要ですが、造幣博物館だけなら申し込み不要で、正門詰所で手続きすれば自由に見学できます。入場無料!(どちらも平日のみ)
時間など詳細はホームページでチェックしてください。
住所;大阪市北区天満1−1−79
最寄り駅はJR桜ノ宮駅、京橋駅、大阪城北詰駅、大阪天満宮駅、地下鉄南森町駅、京阪・地下鉄の天満橋駅など。

 実際に行くまでは、博物館は子ども向けかなあと思いこんでいましたが、大人の方が案外面白いかも。お子さん連れでしたら夏休みなど自由研究にもオススメです。ぜひ工場見学とセットで造幣博物館に行ってください。創業当時をしのぶガス灯や旧正門、大時計や昔の機械などを見て、明治の昔、この北区で日本の近代化に向けてドラマがあったんやなあと想いをはせるのも楽しいですよ。



2014年10月27日月曜日

一願不動からマニ車まで。太融寺は見所満載。


困ったときの神仏頼み、とはいいますが、願いを叶えてくれることで有名なお寺さんが北区にあります。
そうです、太融寺さんです。
私の周りでも、願いを叶えてもらったという人が何人もいます。
ずっと興味がありながら、なんとなく行きそびれていました。
この度、太融寺さんでお話も聞ける機会に恵まれました。



821年、弘法大師により開かれました。
御本尊は、嵯峨天皇の念持仏であった千手観世音菩薩。
太融寺の融は源融の融。源融は嵯峨天皇の皇子で、「源氏物語」の主人公光源氏のモデルのひとりと言われる人物です。
縁起をうかがうだけで、歴史の授業を聞いているような気がします。
1615年、大阪夏の陣でお寺は焼失しますが、元禄年間に再興されました。
本堂、大師堂、護摩堂を解説つきでまわります。
くだんの、一願成就のご利益があるといわれる不動明王が安置されているのは、一願堂です。一願堂の堂内は、明るい昼間でも薄暗く、ろうそくと提灯が灯ります。




梵鐘は、明治の廃仏棄釈、太平洋戦争を免れたそうで、「カネが残った」から転じて「金が残った」と言われるようになったとか。ほかに、淀殿の墓、芭蕉の句碑、近代日本政党政治発祥地の碑、鬼瓦、ネパールのマニ車、白龍大神のお堂、ぼけ封じ三十三観音など、盛りだくさんです。






淀殿の墓について、本当のお墓なのかという議論が持ち上がったこともあるようですが、遺物が納められていることが必ずしも大事ではない、と聞きました。太融寺では淀殿の命日である5月8日に供養が行われます。



マニ車は、中にお経が納められていて、回すとお経を一巻お唱えするのと同じ効果があるといわれています。私はこのマニ車が大好きで、ひとり盛り上がってしまいました。



白龍大神は女神様です。




以前は同じ境内にあったと言われる男神様もお参りしてきました。龍王大神です。もう少し季節がすすむと、この青々とした銀杏も黄葉します。



太融寺さんは、見所満載のすごいお寺さんでした!

2014年10月23日木曜日

さようなら、関西大学天六学舎


その年、二部文学部哲学科に入学したのは七人でした。
一人だけ女性が居ましたが、その人は最初から一度も学校に出て来ませんでした。
泉佐野市役所に通っていたKさんは、とても真面目な感じの人でしたが、さすがに物理的に通学が難しかったのか、一年経たずに来なくなりました。
塾講師のSさん(だったかな?)は、仕事が忙しくなって二年目で来なくなりました。
倫理学・宗教学を専攻していたNさんは、三年目に病気でリタイヤして田舎に帰らはりました。
純粋哲学を専攻していたIさんは、「これから何年か図書館に籠もって思想の最先端に追いつくんや」と、見事四年で卒業していかはりました。
そして僕は七年目、まるでナバロンの要塞の如く難攻不落のドイツ語を艱難辛苦の末にやっとのことで攻略し、へろへろになって卒業しました。
なお、これが天六学舎の最後の卒業式になりました。
さて、最後に残った一人、堺市役所のYさんは、どうなったのか知りません。ラスト一年、無事に卒業されたのでしょうか。
考えてみると、あの年に哲学科に入学したうち、確実に卒業したのは二人だけやったんですね。なんか感慨深いです。
そんな私たちの学舎、関西大学天六学舎が、この十月からいよいよ取り壊しにはいります。
飲み屋と雀荘、パチンコ屋のトンネルをくぐって辿り着く、我が学舎。校門に辿り着く前に、それら誘惑の海に絡め取られ、溺れていった者多数。まるでモン・サン・ミッシェルの如き、遙かなる我が母校。
九月半ば、二十数年ぶりに訪ねてみました。毎日のように350円のカツ丼を食べていた地下食堂、野球部が練習していた鳥かごのような運動場、窓の外にひろがる長柄斎場の墓場。まるで昨日のことのように記憶が甦ってきました。昨日のわりに、同級生の名前はうろ覚えなんですが。
ああそしてまた一つ、北区の昭和が過ぎ去っていきます。

2014年10月20日月曜日

北区にいながら都道府県めぐり~


とあるビルのエレベーターを降りると、突然現れる光景。
 道路標識でこんなのがあれば、絶対道に迷いますよね(笑)
これは、大阪駅前第1ビル8階の光景です。

都道府県はご存知のとおり47都道府県。その中で34都道府県が大阪に「県事務所」(呼び方はさまざまですが)を置いています。そして、27都道府県がなんと北区にあるのです。さらに言うと、その内23都道府県が大阪駅前ビル(1~4ビル)にあります。
北海道から、沖縄まで。北区にいながら、全国の特産物、観光地の情報、地酒などを見て知ることができます。
(鹿児島県事務所)


PRの方法もそれぞれで、人気アイドルをPR大使として全面的に押しだしていたり、ゲームとのタイアップをしていたり。
 

細かいところで個人的に気に入ったのが、パンフレットを入れる袋。
どこも、知恵を絞って努力されているんだなと感じました。
 
あと、これも企業努力(?)3県合同事務所。


  県事務所は観光や特産物のPRの他にも、Uターン、Iターン(移住)、Jターン(都市へ移住した地方の人が出身地近く(出身地よりやや規模の大きいところ)に移住すること)の支援や県人会の事務局もしているところが多いようです。

  鹿児島県大阪事務所の方にお話を伺ったところ、16名もの鹿児島県の職員さんが3年任期で大阪に来られているとのこと。思ったより大人数でビックリしました。
 
私もよく旅行に行きますが、今回、県事務所を巡って思ったのは「情報は広く感じることが大事なんだなあ」ということです。ごく当たり前のことのようですが、今はインターネットなどで簡単に情報を知ることができます。
しかし、知りたい情報を「点」で探していくので、全体像がわからないことや、自分の情報収集がもれていないか確認できない(元々知らないことが知らないままになる)ことが多くあります。
 県事務所を訪れれば、県全体の観光マップがあり、グルメ情報、名産品などを広く知っておくこともでます。何より、事務所にいるだけで雰囲気が伝わります。これはインターネットやガイドブックでは絶対にないことですよね!さらにアドバイスまでしてもらえますし。これなら、後から「知らなかった~」ってことにはなりません。
 これから私は旅行前に必ず、県事務所を利用させてもらおうと思います。みなさんもぜひ!

 

 
 


2014年10月16日木曜日

改めて地震災害について考えてみました

 御嶽山が噴火したことをきっかけに、改めて地震災害について考えてみました。
 
 北区には大阪駅という巨大なターミナル駅があります。大阪市統計書によると、平成24年度の一日平均乗車人員は、JR大阪駅413,614人、阪急梅田駅285,416人、阪神梅田駅83,608人いるそうです。また、平成24年11月13日の市営地下鉄梅田駅の乗車人員は、208,668人、東梅田駅77,871人、西梅田駅55,112人いるそうです。乗り継ぎなどで重複する人数もあるかと思いますが、かなり多くの人が大阪駅を利用していることが分かります。

 また、大阪府と大阪市が取りまとめた「大阪駅周辺における大規模災害時帰宅困難者対策検討会報告書Ver.2」(http://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000073235.html)によると、地震発生時に大阪駅周辺に滞留する可能性がある人は約42万人いるとのことです。
 
 約42万人と聞いてもピンとこないかもしれません。私もピンときません。人数ではピンとこないのですが、朝の通勤ラッシュならイメージできます。あのラッシュのときに地震が発生したら…。考えるだけでも恐ろしいです。



 一方で、北区では、災害時に備えて防災マップが配られています。これは大阪市北区のホームページ(http://www.city.osaka.lg.jp/kita/page/0000277824.html)からも入手することができます。これを見ると、大阪駅周辺にも何箇所か避難所が記載されています。

 ただ、ちょっと冷静に考えてみてください。大阪駅周辺に滞留する約42万人全員が、避難所に避難することができるのでしょうか。

 おそらく無理だと思います。じゃあ、どうしたらよいのでしょうか。答えは自分たちで考えるしかないと思います。当然、行政や施設の管理者は災害対策をする必要があるし、災害時には対応をしてもらう必要があります。だけど、行政や施設の管理者に任せっきりでよいのでしょうか。実際に災害にあった時に頼れるのは自分と自分の周りにいる人だけです。そんな中、なんとかしろよと言っても、どうにもならないと思います。
 
 まず、個々人が当事者意識を持つことが大事ではないでしょうか。普段から災害を意識して生活することで、危険な場所や時間帯などが見えてくると思います。また、周りの人(住民なら近所の人、通勤通学者なら学校や職場の人など)と災害について話をすることで、災害時に何をすべきか、何が足りないかが見えてくると思います。
 
 できることから始めてみませんか?

 なんか自分の理想論を紹介するような記事になってしまいましたが、この記事をきっかけに少しでも多くの方が災害について振り返ってもらうことができればいいなと思います。

 最後に大阪市のホームページを見ていたら、平成26年10月14日の大阪市防災会議で大阪市地域防災計画の修正案が議論されていました(http://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000011795.html
すべての計画を読むのは大変だと思いますが、概要を読むだけでも大阪市の防災に対する動きをつかめるのではないかと思います。
 

2014年10月13日月曜日

偶然!ジオラマで見た北区

行楽の秋、台風が猛威を振るっていますが警戒は万全でしょうか?

今回は、新幹線の営業が開始されて50年という節目の年ということもあり、名古屋市にある「リニア・鉄道館」に行ってきました。
さすがには北区とは関係ないなぁ、と思っていたのですが、意外と北区を感じられるところがあったのです。

ここには、日本最大級の面積を誇る「鉄道ジオラマ」があり、東海道新幹線沿線がジオラマ化されているのです。
営業区域の東京駅から新大阪駅とその周辺を見ることができて、かなり圧巻です。

で、新大阪駅周辺に目を移すと、駅前に通天閣があったり…阪神甲子園球場(と思われる)も新大阪駅近くに存在したりしていて、実際の位置関係とは結構違うのですが、十分に楽しめます。
新大阪駅の西を走る高架は多分…新御堂筋(実際の新御堂筋は線路の下を通っていますが)と
すぐ横の野球場は多分…阪神甲子園球場(ナイトゲームの最中ですw)

新大阪駅周辺にあった建物は、先ほどの通天閣や阪神甲子園球場以外に、道頓堀周辺(お菓子メーカーの看板があったり、カニ料理屋の店先のオブジェのカニが実際に動いていました!)と万博公園の太陽の塔、大阪城と結構ベタだなぁ~と思うスポットが並んでいたのですが、よ~く眺めていると、思わず声を上げてしまいました。
新大阪駅の東側に通天閣!
この位置だと、新大阪駅のホームからでも見えますね。

それは、大阪市立科学館!オオサカガーデンシティ!そして大阪市中央公会堂!が並んでいたのです。全部北区!
画像中央に大阪市立科学館、その右隣に大阪市中央公会堂、
その左後ろがオオサカガーデンシティと北区のオンパレード!

中央公会堂は、建物だけでなく歴史や経緯も含めて、大阪が自慢できる建物のひとつだと思っているので、大阪周辺のジオラマを作るにあたって、この建物が選ばれたことは感動モノです。
osaka-chuokokaido.jp/
国指定の重要文化財ですが、施設利用ができたりツアーガイドを
開催していたりと、みなさんに開放されています

大阪市立科学館は、中央公会堂と同じ中之島にあるので、みなさんは見慣れているとは思いますが、よ~く見れば見るほど変わった建物だと思います。
www.sci-museum.jp/

最後にオオサカガーデンシティ。聞きなれない人もいるかもしれませんが、西梅田のハービスや、ヒルトンプラザウェスト、ダイビル周辺のことを指し、旧国鉄の再開発地域全体のことをいいます。

一見、見逃してしまいそうだったのですが、よく見ると明らかにハービスOSAKA(リッツカールトン大阪などが入居するビル)だということがわかります。
www.osaka-gardencity.jp/
こうやってみると、西梅田と中之島がまとめて新大阪駅の北側に
位置しています。
あらためて、見慣れた北区の自慢がジオラマ化されているのがうれしかったです。
これに、天神祭の陸渡御や船渡御がジオラマ化されていたら、最高だな〜なんて思いつつ見入っていたら、1時間近く経っていて驚きました。
北区は、特にランドマークとなる建物が多い区域なので、散策の甲斐があります。
ぜひ、外に繰り出して、北区を再発見しませんか?

2014年10月9日木曜日

水辺を楽しむ〜 リバーボートダイニング リパリウスで中之島界隈の夜景をリッチに満喫♪


こんにちは、ヨリトモです。

日に日に朝、夕の涼しさが増す、今日この頃。
そんな秋の夜長に、少しリッチな水辺の楽しみ方をご紹介します。

屋根のないオープンな船で、
あの、フランス料理の名店「ルポンドシエル」が
プロデュースするお料理を楽しむことができるクルーズがこの秋楽しめるのです!

手前に浮かんでいるオープンエアでクルーズディナーを楽しみます♪


縁あって試乗会に参加させていただいたのですが、
夜風に吹かれながら、
美味しいお料理と、美しい水辺からの中之島や大阪城界隈の夜景を楽しむひと時は格別!



水辺から眺める中央公会堂も綺麗なんです!

少々、お値段が高い〜と思われるかも知れませんが、
手の込んだお料理と、クルーズ、水辺から眺める夜景は、
もう〜プライスレス!

恋人と2人で特別なディナーをしてもよし、
いつもの女子会を少しドレスアップして楽しむもよし、
家族で大阪の秋の夜長をゆったりすごすも良し!

この機会に、ぜひ一度、体験してみて下さい♪

リバーボートダイニング リパリウスの
詳細情報は下記でチェックしてくださいね!


2014年10月7日火曜日

見慣れた景色が変わる。~中津架道橋撤去~

10月になり、めっきり涼しくなって、朝起きたら寝冷えしてしまってお腹急降下しちゃう今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは。なみはやノーツです。

いや、最近お腹をすごく壊します。周りから「食べ過ぎ」と言われることもたまにありますが、寝相が悪い方なので、お腹出して寝ちゃうこともあるので、これが悪いんでしょうね。しかし、どうやって改善すりゃいいんでしょうか。


さて、


8月頃にはすでに告知があったのですが、昨年に廃止された梅田貨物駅。それに向かう中津周辺にある貨物線架道橋の撤去工事が一部で始まっていました。

これは写真に記録しておかなきゃって事で見てきたのですが、既に工事は着々と進行中でありました。
9月30日現在の写真でもここに貼っておきましょう。


今回撤去されるのは4カ所の高架。
中国街道架道橋
能勢街道架道橋
中津町1架道橋
中津町架道橋
中津を分断するように敷かれた鉄道路線のうち、梅田貨物駅の引き込み線部分に関して撤去となるようです。8月から準備工事を行い、9月から約2ヶ月程度で完了とのこと。 
中国街道架道橋。ここはまだ撤去されておらず

中国街道


能勢街道架道橋すっきりしました

能勢街道

架線柱も根元で切断

中津町架道橋


中津町架道橋。北側は残ります

能勢街道架道橋

能勢街道架道橋

町に長年あったものがなくなると、雰囲気ががらっと変わりますね。
寂しく感じる人もいるかもしれませんし、これからを期待する人もあるでしょう。
跡地の開発はどうするのか。国鉄清算事業団から引き継いだ鉄道建設・運輸施設整備支援機構(長い名前。運輸・鉄道機構と略すようです)がこの土地を所有しているようですが、うめきたの開発ばかりが目に留まり、肝心のこちらの細長い敷地に関してはあまり話が聞こえてこないですね。おそらく売却しちゃうんでしょうが。


ただ、特急はるかやくろしおが走る路線はそのままですので、全ての線路がなくなるというわけではありません。せっかく鉄道敷地で分断されいた障害物がなくなったと思ったのに、まだ残ってしまいます。しかし、うめきたの新駅が設置されると豊崎から西側は地下化されるようで、それまでしばらく辛抱って感じでしょうか。
この区間は「おおさか東線部分」という表記がありますが、現状では東海道本線の支線扱いとなっています。(「東海道貨物支線」という名前があります。)あまり気にしなくてもいいと思いますが。
トリビアですが、この東海道貨物支線は大阪環状線に沿って、西九条駅手前まで到達しています。環状線と東海道線が2駅間(福島-西九条)併走しているんだそうです。