2014年9月1日月曜日

人口統計から読み解く~時代を流れる街、これからを作る街~

夏の暑さも一段落で、朝晩も何とか過ごしやすい日が続いている今日この頃、いかがお過ごしでしょう。

えー、私ごとで恐縮ですが、このブログを書いた翌日(9月2日)、引っ越しをいたします。理由は諸々であります。今住んでいる場所が気に入っているので(都心からは遠いけど)、まさか引っ越すとは夢にも思わなかったですね。自分がいちばんびっくりしています。ここが終の棲家になるんだって、そう思っていましたから。
問題がありまして、今はひとり暮らしなんですが、それにもかかわらず異様に荷物が多いんです。現在部屋の中にはダンボールがエベレストより高く積まれた状態。。。。。その横で、必死にパソコンと格闘している状態です。このつひまぶブログは毎週月・木更新で、今回は私の担当なんですね。なんて間が悪いんでしょう。これなら誰かと変わってもらったらいいのに。しかし、ブログの担当日決めているのが私と来たもんだから、もう誰も責められない状態。。。。。。(´・ω・`)ショボーン



とにかく本題。



そんな引っ越し事情があったので、ふと昔の人の移り変わりってどんな感じだったのかなって、ふと思ったんです。大阪市北区は都心と言うこともあって、いわゆる「ドーナツ化現象」を一番最初に受けた地域ですよね。しかし、最近はマンション建設と都心回帰ブームが同時にやってきて、人口も緩やかな増加をたどっている。本当でしょうか?そこで、国勢調査のサイトから関連する部分だけを抜き出して思いをはせていきましょう。

(左から順に、北区・大淀区合計、北区総数、大淀区総数となっています。平成からは北区の総数ね)
昭和21年 57989 北区 32983 大淀区 25006
昭和22年 84209 北区 51548 大淀区 32661
昭和25年 109905 北区 66918 大淀区 42987
昭和30年 137553 北区 82008 大淀区 55545
昭和35年 146092 北区 84494 大淀区 61598
昭和40年 130819 北区 72017 大淀区 58802
昭和45年 102149 北区 53344 大淀区 48805
昭和50年 86425 北区 43983 大淀区 42442
昭和55年 87969 北区 43741 大淀区 44228
昭和60年 91285 北区 44501 大淀区 46784
平成2年 87447
平成7年 85487
平成12年 91952
平成17年 100385
平成22年 110392

国勢調査の資料のうち、区内総人口だけを抜き出してみました。国勢調査って、最近は興味深いデータも統計を取っているので、そちらも興味があるのですが、今回は人口増減だけを限って見ることにします。(時間がないので解析出来なかったりしますし。)なお、戦前は区域が違うので戦後の統計だけを抜き出しましたが、これでも大変興味が沸いてきます。(昭和22年は臨時国勢調査を実施した年です。前年度のデータは参考資料より)

昭和21年から25年にかけて、人口はほぼ倍増しているのがわかるでしょう。戦後すぐの時代、復員兵や疎開先からの帰郷などが考えられますが、この時期は第一次ベビーブームの頃、「自然増」というのも相当多かったように思います。(このあたりも国勢調査は調査しているので、資料を読むとよくわかるんですが。)

その後、人口のピークは35年頃。ここから人口は減少していきます。35年から40年にかけて、北区・大淀区合わせて1万5000人が減っているのは驚きとしか言いようがない。住民の1割(流入もあるのでもっとでしょうが)が姿を消したと言うことですから、ドーナツ化現象が急激に進んでいることがうかがわせます。
そういや、私の住んでいた、郊外にある東淀川区の豊里小学校や井高野小学校が、児童数2000人を越えてマンモス小学校と呼ばれたのもこの時期。校区内には市営住宅や民間のアパート・文化住宅が続々と造られ、団地ブームってのもありましたよね。また、昭和40年から45年にかけて、30kmにも満たなかった地下鉄路線が、この時期だけ65kmも作られましたから、大阪万博を契機とした市街地改造が急速に進んだ時期でもありますね。

その後は北区・大淀区合わせて9万人弱で人口は推移していきますが、平成7年度からは1割程度の増加をデータは示しています。この増加がおそらく高層マンションラッシュによる人口増加でしょうか。国勢調査は、ご存じのように現在住んでいる家屋の形態や、5年前に住んでいた場所なども調査しているので、本当にマンションが出来たお陰で人口が増えたのか、資料を読み込めばわかります。データは解析していけばある程度の真実がわかりますから。

さて、これから都心の町、北区はどのような人が住むことになるのでしょうか。私は、新たに住民となった人たちが作っていくような気がします。出生率の問題も言われていますが、新しい、柔軟な発想を持っている若い人たちに託してみるのがいいと思いますが、これから時代を牽引していくのは彼らですから。