2014年8月21日木曜日

深夜食堂の思い出


中崎町から梅田に向かって歩ってると思いねぇ。
って、ここで江戸っ子になる必要は全く無いのだけど。大東洋を右手に見てしばらく進むと、むかしそこに「深夜食堂」というのがありました。
ここは変形の交差点で、道路にはさまれた細長い三角形の敷地に建ったその店は、名前の通りというか、昼間とか夕方の普通の時間に通りかかるといつも閉まっていたものです。

「深夜」という言葉には、一種独特の、なんていうか魅惑の響きが有ると僕は思います。深い夜。ぬばたまの夜。ミッドナイト。夜というのはもともと、妖怪とか魑魅魍魎の領分で、堅気の人間は寝ている時間ですよね。こんな時間に起きているのは、不良とか泥棒とか作家とか編集者とか受験生くらいでした。昔は。

でも、今はみんな真夜中にも起きてますよね。コンビニはずっと開いてるし、午前二時や三時にも当たり前のように仕事のメールは来るし、テレビもラジオも昼間と同じような番組を流していますし。

科学が神秘を一つずつ飲み込んでいくように、昼間が深夜をじわじわと浸していくのです。もはやお化けも妖怪も居所がありません。もしかしたらそのせいで、本来夜中に跋扈していたあやかしや皆がこっち側の領分に押し出されてきて、最近昼間にも不可解な事件が起こってるのかも知れませんが。

とまれ、一昔前の深夜。それは特別な時間でした。草木も眠る丑三つ時。家の軒も三寸ほど沈み込む、なんて言われた真夜中過ぎ。世の中が寝静まっているそんな時間、自分だけが起きてるというそこはかとない罪悪感。そして、ほのかな共犯意識みたいなもので繋がる深夜放送のリスナーたち。鶴光師匠や中島みゆき、鶴瓶新野のぬかるみの世界。深夜のラジオって、そんな感じで盛り上がってましたよね。
そして、三時を回ると各局ともトラックドライバーのための音楽番組になります。間に挟まれるCMも「こりゃあ稼げる四トンだ!」とか、そんな感じで。

ついにそのまま迎える地続きの夜明け。今日昼間の授業大丈夫か、寝てしまえへんか、というほのかな後悔・・・。

そういう「深夜の匂い」みたいなのが、今はもう無くなってしまったんですね。
さて、話を戻します。この、入ると確実に終電が無くなる「深夜食堂」、僕は一度だけ入ったことがあります。そう、あれは翌日の休日出勤のために職場に泊まり込んだ晩でした。その日は比較的早く、午後十一時半頃に開店していました。

店の中は昔ながらの食堂というか、やや質素な喫茶店風の、ごく普通の店でした。メニューも普通の洋食屋さん風で、三角形のカウンターの中におじさんが一人で営業していました。壁には釣りの写真がたくさんかかっています。大阪湾のどこからしい岸壁に、たぶんお店の常連さんたちと思われる人々が写っていました。
ポークチャップを頼みましたが、ごく当たり前に美味しかった記憶があります。

イメージ先行というか、なんか面白いに違いない、と期待を膨らませていたお店ですが、意外と普通やったなあ、ってことで正直あんまり深く印象には残っていません。

このお店はその後、焼き肉屋さんになったり、居酒屋さんになったりしながら、建物はそのまんま今もあります。中がどうなっているのかは知りません。正直、興味がわかないのです。

深夜はもう、遠くなってしまったのかも知れません。