2014年8月28日木曜日

他にもある北区の盆踊り その3 ~ 中之島なつまつり 編~

お馴染みとなりました(?)企業が主体の盆踊り。グランフロント大阪「ゆかた祭りde盆踊り」、梅田スカイビル「新梅田シティ夏祭り2014」に続いての第3弾、『中之島なつまつり2014』をご紹介!

本日(828日)大阪国際会議場(グランキューブ大阪)1Fプラザで開催されました。



このお祭りは、会場である大阪国際会議場、ロイヤルホテル、京阪電車など中之島に関連する企業により構成された、中之島なつまつり実行委員会の主催で、約50の企業、団体の後援、協力により実施されています。
 
 リーガロイヤルホテルをはじめ、中之島周辺の人気店のグルメメニューが楽しめるなど、出店もかなり充実しています。
 
 
 
                       さすがは人気店、どこもすごい行列でGETするまでが大変(汗)
 

そして、夏のお祭りと言えばこれ!河内家菊水丸さんの(生)河内音頭!会場も一気に盛りあがりました。
 

「盆踊り」という言葉を聞くと最初は年配の方のイメージがあると思いますが、都会の真ん中で、これだけの人数で盛り上がることのできる、実はすごいイベントなんだと実感!

 北区だけでもこの夏、3つの大規模な盆踊り大会がありました。

そのうち2つはまだ2回目の開催。逆にいうと盆踊りが集客になったり、若い人にも影響力があると見直されている証拠ですよね。
 そういう私も、今年はじめて盆踊りを経験し、どっぷり浸かったひとりです。

今年の北区内での盆踊りは、これでおしまい。夏が終わってしまうようで少し寂しいですが、また来年を楽しみに、闇練習をしておきます。
 
 
 
 


編集者から加齢(華麗)なる変身を遂げ、今また新たなる歩みへ~祭屋梅の助~

つひまぶ「まちの記憶」を綴ってくれている井上彰さんは、天満でこの人ありと言われたフリーペーパー「あるっく」の編集者でした。
「あるっく」を取材、寄稿、編集、広告集め、配布まですべてひとりでこなし発行し続けていました。

そして、あるっくを元に「天満人」を発行することになりました。
それは今までのガイドブックではなく、地元を知り尽くした井上さんならではの視点から生まれた雑誌となるが、第6号までで休刊となってしまいました。

「あるっく」も「天満人」も丹念に聞き込み取材をした、文字通り地元密着誌でした。
無くなったことを今でも残念に思う人が数多くいます。
それだけファンがいるんですね。


その後、天満宮界隈に現れたまんじゅうを売る謎の棒手振のおじさん、誰あろう井上彰さんでした。
私は「あるっく」・「天満人」の井上彰さんとは露知らず、美味しいおまんじゅう売りのおじさんとばかり思っていました。


そして今では、大阪天満宮表参道で編集者から棒手振を経てイタリアンシェフへ加齢いえ、華麗なる変身を遂げみなさんに腕を振るう毎日です。


シェフとしてもなかなかの腕前、この味でこの価格コスパ最高!
大阪天満宮にお越しの節は是非とも、超おススメです。「祭屋梅の助」で検索してみて!


最近の梅の助さんは、天満の昔を語れる方々への取材に奔走されている様子・・・
先日も20歳までこの界隈にお住まいだった御年95歳になられるご婦人の許へ取材に出かけられた。
また、ここで生まれ育って懐かしいというご婦人がちょくちょくご来店いただいて昔話をしてくださるそうで、お二人ともご高齢なので今聞いておかないといけないことがたくさんあってお店をしている場合ではないという。
物書きとしてまだまだ意欲があると見えます。
次はいかなる天満を紹介してくれることか、興味津々・・・
祭屋梅の助こと井上彰さんは、いつまでも注目しなければならない人である。

2014年8月25日月曜日

源八橋のたもとにある日羅の碑から、明日香~難波~百済を見わたしてみる。

ルイスです毎度です。
僕は日本史が好きで、国内のどっかに行くときも、ガイドブックよりも網野喜彦や司馬遼太郎の本で予習するような塩梅なんですが、網野史観や司馬史観、折口史観、梅原史観に触れるよりもはるかむかし、山岸涼子の『日出処の天子』を貪るようにして読んで、聖徳太子や天平時代に思いを馳せていたもんです。

その、『日出処の天子』の最初のほうに、聖徳太子、つまり厩戸皇子が、女装してまで会いにいったという日羅という、百済から来た高僧の異様な存在感に、なかなか興奮したものでした。

この漫画では、厩戸皇子は、常人では持ち得ないような怪しい能力を駆使する存在として、周囲から怖れられていた人物として描かれているのけれども、その厩戸皇子に向かって、「そこにいる童は人にあらず」と、厩戸皇子の本質を正確に見抜く慧眼を発揮したのが、日羅です。

『日出処の天子』は厩戸皇子やら蘇我蝦夷が主人公で、日羅なんて脇役中の脇役なのだけれども、それでも、僕の心には、魚の小骨のようにして、なんとなく日羅が心に引っ掛かっていたのでした。名前の響きも、ちょっと神秘的というか、謎めいているかんじがするじゃないですか。

『日出処の天子』に出てくる日羅は、こんな人です。



後年、奈良の明日香を訪れた際に、西国巡礼の札所にもなっている橘寺に立ち寄った際、日羅の木像があるのを発見したのでした。




これが一木造りの立派な仏像でして。
奈良時代、定朝の出現により、パーツごとに作成したものを組み合わせるプラモデル・タイプの寄木造りの仏像が出現するのですが、飛鳥時代のそれは一木造りが大半で、原木の持っている捩じれやらクセやらが生かされていて、精緻を極めた寄木造り仏像とはまた違った、荒々しさや神々しさがあって、僕は好きです。

寄木造りは、図面を引き、家内制手工業によって営まれた工房で、仏師が各パーツを分担してつくるので、どうしても洗練されてきます。翻って、一木造りは、一人の仏師が原木と対峙しながら、仏像を仕上げていく。モノヅクリは最終的には素材との対話になりますから、この木はなにになりたがっているのだろうか、と、素材と対話を重ねながら、造形していきます。そこには、作者のナルシズムが入り込む余地がありません。そういう仏像が、僕は好きですな。

この日羅像も、全身の矩形の微妙な捩じれ具合や太腿の膨らみ具合に、原木が持っていただろう荒々しさが生かされていて、グッと来ます☆

さて、
その日羅は、もちろん実在の人物で、達率(だちそち)という、百済では2番目に高い位に就いた高僧です。で、てっきり、仏教、つまり、当時の最先端の文明を伝える伝道師の役割を帯びて日本にやってきた人物だと思っていたのですが、どうやらそれは僕の思い違いだったということが、最近、発覚しました。

日羅は、もともとは肥後の人で、かつては日本の領土だった朝鮮半島の任那を新羅から取り返すために、百済に派遣された人やった、というのが、日本書紀その他に書かれています。

いろいろと異説はあるんですが、当時の情勢についての代表的な説を書いておくと、
西暦400年代のどっか、大和朝廷は朝鮮半島の南の一部を実効支配していて、そこは任那と呼ばれていました。大和朝廷といっても、これは連邦国家の総称みたいなもんですから、実際に統治していたのは、狗邪韓国(くやかんこく)です。

ま、これが、豊臣秀吉の朝鮮出兵や西郷隆盛の征韓論が企てられたときの、そこはかつて日本の領土だったから奪還するんや!という根拠になるんですが、このへんは、民族主義的、政治的な思惑もあって、異論噴出、なにがほんまのところかは、謎といえば謎です。なんせ、かーなりむかしの話やし、日本書紀も魏志倭人伝も政治的な思惑で書かれている記述の塊ですから、なにをどう信用していいのかは、わからんところです。

とにもかくにも、朝鮮半島の南部には、日本が実効支配していたらしい任那という国があり、でもそこは、当時の一大勢力だった新羅に持っていかれるわけです。同時に、朝鮮半島では、百済と新羅が対立しており、新羅と敵対している日本は、敵の敵は味方の理屈で、百済と仲よくやるようになり、百済と人的・経済的な交流を深めていくわけです。
その交流を通じて、日本に仏教、この場合、仏教というのは、仏教に付随する一切合切を含めた文明そのものを指していて、それこそ、寺院建立のための建築技術から治水、灌漑なんかの土木技術、そしてもちろん文字、陶器、冶金技術、果ては政治手腕としての律令(税制と法体制ですな)なんかも含めての文明としての仏教を、吸収していくわけです。
吸収の方法として、人的交流というか、たくさんの偉いさんが、百済からやってきます。これが渡来人ですな。秦氏一族が土木技術を持ち込んで京都を地ならししたり、鳥氏が木造建築技術を導入して寺院建立や仏像製作を伝えたり、なんてのが、そうです。
明治のころに学者を大量に雇って文明開化を押し進めた維新政府の、古代版みたいなもんです。
百済サイドにしても、自分たちとおなじ文明、つまりおなじ価値観を有する地域がひろがることは、お付き合いしやすい隣人が増えることと同義なので、もちろん積極的にそういう外交を押し進めます。アメリカが民主主義を世界中にバラまいて、世界中をアメリカの持つ価値観と同質のものにしてしまおうとするのと、おなじことですな。

という時代背景のなかで、日羅は、百済から派遣された、日本に仏教を定着される指導的な役割を帯びた高僧だとばっかり僕は思っていたのですが、どうやら歴史とは、そう単純ではないようで。

日羅は、任那奪回を悲願とする時の権力者が、朝鮮半島情勢の詳細を把握するために百済に送り込んだ人物なのでした。外交的な役割も政治的な役割も帯びていなかったようなので、スパイでも外交官でもなく、ただただ、文明を学びに派遣された、公費による留学生のようなもんです。

で、大変に優れた人物だったので、百済で第2位の達率にまで昇りつめます。

悲願であった任那奪回というか再興のために、日羅の知恵を借りようとなり、当時の帝である敏達帝は日羅を呼び戻そうとするのですが、日羅が優秀だったゆえに、百済でも彼を離したがらず、いろいろと綱引きもあったようです。
あったようですが、最終的には、日羅は、敏達帝の詔を受けて、帰国。これが、583年の出来事です。
そんときに、百済王は、日羅の行動を監視するとともに、日羅を百済へと連れて帰る目的で、数人の百済人を同行させます。
これが、のちに、アダになった。

大和朝廷は、政治問題の一環として、日羅に、任那奪回の知恵を請います。
そこで日羅が進言した答えは、
まず、百済を攻めよ、というものでした。
百済を攻め、要塞を築き、そこを任那奪還の拠点とせよ、と。
じつはこのとき、百済が九州を侵略する計画を持っており、日羅がそれを大和朝廷に漏らした、という話もあります。

これが、同行していた百済人の耳に入り、百済に対する重大な裏切りとして、日羅を暗殺する、と。


『日出処の天子』での日羅は、もちょっとキャラが生々しく造形されているのですが、史書を読みあさるかぎりでは、彼のキャラにまで踏み込んだものは、見つけられませんでした。
人物像については、橘寺の仏像から想像するしかないですな。


さて、
その、日羅の碑が、北区同心の、源八橋西詰めの近くにあります。
日羅が暗殺されたのは、難波の津で、暗殺を嘆いた敏達帝が、その近くに遺体を埋葬するよう、差配したとのことです。




史実では、日羅は、聖徳太子の仏教上の師ということになっています。
明日香の橘寺に日羅の木造があり、埋葬されたのは、天満の大川のほとり。聖徳太子も、大阪に四天王寺を建立し、奈良には法隆寺を建立しています。
古代、大阪と奈良が一直線で結ばれていた証が、ここにはあります。そして、その直線は、日羅を通して、はるか朝鮮半島にまで続いていることを、今の僕たちは、この碑ひとつからでも見渡すことが出来ます。

そんなわけで、ここに日羅の碑があります。碑そのものは、昭和30年に、建てられました。アパホテルの近所なんで、アパホテルの豪華昼食バイキングを食べたあとの腹ごなしにでも、どうぞ。


日羅公之碑

北区同心2-15

2014年8月21日木曜日

深夜食堂の思い出


中崎町から梅田に向かって歩ってると思いねぇ。
って、ここで江戸っ子になる必要は全く無いのだけど。大東洋を右手に見てしばらく進むと、むかしそこに「深夜食堂」というのがありました。
ここは変形の交差点で、道路にはさまれた細長い三角形の敷地に建ったその店は、名前の通りというか、昼間とか夕方の普通の時間に通りかかるといつも閉まっていたものです。

「深夜」という言葉には、一種独特の、なんていうか魅惑の響きが有ると僕は思います。深い夜。ぬばたまの夜。ミッドナイト。夜というのはもともと、妖怪とか魑魅魍魎の領分で、堅気の人間は寝ている時間ですよね。こんな時間に起きているのは、不良とか泥棒とか作家とか編集者とか受験生くらいでした。昔は。

でも、今はみんな真夜中にも起きてますよね。コンビニはずっと開いてるし、午前二時や三時にも当たり前のように仕事のメールは来るし、テレビもラジオも昼間と同じような番組を流していますし。

科学が神秘を一つずつ飲み込んでいくように、昼間が深夜をじわじわと浸していくのです。もはやお化けも妖怪も居所がありません。もしかしたらそのせいで、本来夜中に跋扈していたあやかしや皆がこっち側の領分に押し出されてきて、最近昼間にも不可解な事件が起こってるのかも知れませんが。

とまれ、一昔前の深夜。それは特別な時間でした。草木も眠る丑三つ時。家の軒も三寸ほど沈み込む、なんて言われた真夜中過ぎ。世の中が寝静まっているそんな時間、自分だけが起きてるというそこはかとない罪悪感。そして、ほのかな共犯意識みたいなもので繋がる深夜放送のリスナーたち。鶴光師匠や中島みゆき、鶴瓶新野のぬかるみの世界。深夜のラジオって、そんな感じで盛り上がってましたよね。
そして、三時を回ると各局ともトラックドライバーのための音楽番組になります。間に挟まれるCMも「こりゃあ稼げる四トンだ!」とか、そんな感じで。

ついにそのまま迎える地続きの夜明け。今日昼間の授業大丈夫か、寝てしまえへんか、というほのかな後悔・・・。

そういう「深夜の匂い」みたいなのが、今はもう無くなってしまったんですね。
さて、話を戻します。この、入ると確実に終電が無くなる「深夜食堂」、僕は一度だけ入ったことがあります。そう、あれは翌日の休日出勤のために職場に泊まり込んだ晩でした。その日は比較的早く、午後十一時半頃に開店していました。

店の中は昔ながらの食堂というか、やや質素な喫茶店風の、ごく普通の店でした。メニューも普通の洋食屋さん風で、三角形のカウンターの中におじさんが一人で営業していました。壁には釣りの写真がたくさんかかっています。大阪湾のどこからしい岸壁に、たぶんお店の常連さんたちと思われる人々が写っていました。
ポークチャップを頼みましたが、ごく当たり前に美味しかった記憶があります。

イメージ先行というか、なんか面白いに違いない、と期待を膨らませていたお店ですが、意外と普通やったなあ、ってことで正直あんまり深く印象には残っていません。

このお店はその後、焼き肉屋さんになったり、居酒屋さんになったりしながら、建物はそのまんま今もあります。中がどうなっているのかは知りません。正直、興味がわかないのです。

深夜はもう、遠くなってしまったのかも知れません。

2014年8月18日月曜日

ワンコインで、絶景ひとり占めの15分。




梅田のランドマークのひとつに、HEP FIVEの真っ赤な観覧車があります。
HEP FIVEといえば、若者のお買い物スポットです。
その7階に、お目当ての観覧車はあります。

観覧車は、ミナミにも、大阪港にもありますが、それぞれ趣が違います。HEPの観覧車は、丸くて、真っ赤な骨組みが美しいので、乗るだけでなく、観覧車のある風景をみる楽しさもあります。昼間の赤い姿も、夜のライトアップの明るさも、見るだけで心踊らせてくれます。


いざ、7階の乗り場へ。
大人ひとり500円とは、良心的な値段ですね。





乗る前に、写真撮影があります。緑のシートの前で、あっさり撮られます。撮った写真は、降りた後に見せてもらえます。そして記念に購入できます。
真っ赤なボックスが次々やってきます。前の人が乗った次のボックスに乗るわけではなく、いくつか間隔をあけて乗車です。
乗車したのが、夕方だったので、早速西日でした。逆光で違う乗り物に乗っている気分です。しかも、建物の間を上がって行くので、景色がひらけるのに時間がかかります。おかげで、すごいところに行けそうな気になります。





観覧車は、360度見渡せる乗り物なわけですが、それぞれの方面の窓に、何が見えるか書いてくれています。観光や、大阪に馴染みのない人には嬉しいサービスですね。また、スマホなどの音楽プレーヤーに繋げることができる、スピーカーもおいてありますので、好きな音楽が聞けます。15分と短い時間ではありますが、これは素敵な設備ですね。



ビルの屋上を上からみたり、JR大阪駅を一望できたり、淀川も、生駒山も見えます。ゆっくり進むので、見逃す心配はありません。タワーや、ビルのように歩き回ることなく、座ってのんびり好きな音楽を聞きながら、大阪のまちの様子が眺められます。





観覧車って、素敵ですね!
まだまだ暑い日が続きます。お茶のかわりに冷暖房完備の観覧車休憩は、いかがでしょう?


2014年8月14日木曜日

大阪で阿波おどり? 天神天満阿波おどりで「踊らにゃ損々」!

 お盆ですね~。毎日暑くて、ついついエアコンの効いた部屋でのんべんだらりと過ごしたくなりますが、こんな時こそ外に出て夏を楽しまないと!ですよね。

 出不精な私ですが、今年は梅田ゆかた祭に、露天神社(お初天神)の夏祭り、天神祭に地域の盆踊りと、今までになく北区の夏祭りを楽しんでいます。他にも神社の夏祭りや地蔵盆もあって、こんな都会やのにいろんなお祭があるんや〜と、改めて北区の面白さを感じてましたが、まだまだあります。
 夏休みももうすぐ終わりの824日(日曜日)に、「天神天満阿波おどり」が開催されます。天神橋筋商店連合会(1・2・3丁目)、天神橋筋4番街、関西阿波おどり協会の主催で、場所は天神橋筋商店街と大阪天満宮で開催されます。阿波おどりの踊り手さんたちが、列をつくって商店街を練り歩き、大阪天満宮で演舞をされます。
昨年の大阪天満宮境内の様子

 これ、去年からスタートして今年で2回目なんです。去年初めて聞いたときは、「え?天神橋筋商店街で阿波おどり?あの徳島の?」って思いました。ご存知のとおり阿波おどりの本場は徳島です。大雨の被害があって大変だったと思いますが、今年も812日から15日まで徳島市内で開催されています。知らなかったんですが、本場徳島以外にも、北海道から九州まで、阿波おどりは全国各地で開催されていて、東京とか関東などは結構盛んだそうです。
 この「天神天満阿波おどり」はまだ2回目ですが、関西での阿波おどりとしては最大規模だとか。去年参加した方の話を聞くと、踊り手さんたちと鳴り物が「連」ごとに日本一長いといわれる天神橋筋商店街を流し踊りで練り歩かれるのは、間近に見られて迫力があるし、その後の会場を大阪天満宮に移しての連ごとの本格的な「舞台演舞」や、境内を埋め尽くしての参加者全員の総踊りは圧巻モノだそうです。
「連」というのは阿波おどりの踊り手のグループのことで、今回は関西阿波おどり協会所属の連が13連・総勢300名以上も来られて踊られるそうです。ピシッと切れのある本場の踊りを大阪にいたまま見られるんですね。
 そ、し、て! やっぱり「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」の言葉どおり、阿波おどりは見るだけじゃなくて踊るほうが絶対楽しい!でしょうね〜、きっと。なので、「当日一緒に踊ってみたい」という方のために、北区民センター ホールで無料阿波おどり教室が2回開催されます。参加の方は当日「にわか連」として踊ることができます。
 1回目の教室がこの8月10日に開催されました。
講師は大阪天水連の方々です。揃いの衣装を着ての指導は10日だけです。
腰を落として、腕を上げて…。結構キツそう。
この日は80名ほどの参加がありました。
 2回目は8月17日(日曜日)18時~20時に開催されます。事前に電話かEメールで申し込みが必要なので、詳しくは北区役所のホームページをご覧ください。ホームページにはプログラムや参加される連の名称も載っています。
 8月24日まで、北区役所の1階で徳島県観光展を開催しています。阿波おどりだけでなく、お遍路さんの展示やパンフレットなども置いていますので、お近くの方は覗いてみてくださいね。
 今年の夏の最後は、北区で阿波おどりはいかがですか?「♪踊らにゃ損々♪」

2014年8月11日月曜日

見た目は普通・・・でも、実は珍しい公園!! 


北区大淀南にある有名なザ・シンフォニーホール。この南隣にちょっと珍しい公園があります。
その名も『上福島北公園』 緑が多くベンチや藤棚、遊具もあり、野球ができそうな広いグランド。見た目は至って普通・・・。

では、なにが珍しいかというと、公園内で北区と福島区に分かれているんです。しかも真ん中や、通路を境にではなく、よくわからないところで。

大阪駅の西側
 
〈拡大〉

大阪市内でも鶴見緑地公園や久宝寺緑地のような大規模な公園や、川を挟んで両側が同じ名前の公園で、区や市がまたがることはたまにありますが、「普通の公園」で物理的境界線もないところは珍しいと思います。管轄の公園事務所の方にもお聞きしたのですが、「他では聞いたことありませんね~」とのお答えでした。
そんな公園をぐるっと1周してみても、これがまた面白い。福島区の部分には福島区由来の石碑や案内板があり、北区部分には北区の住居表示板(緑のプレート)があります。
しかもこの表示板、仮設の物置に無理やり張ってある!動かしたらどないするねん(笑)
 
 
でもどうして区がまたがる公園になったのかをちょっと真面目に検証。
この地域はもともと大仁元町と上福島北という町でわかれていたことが大淀区のできた昭和18年の地図で確認できます。この地図と現在の地図を見比べると、境界線の由来がわかる気がします。


この公園は昭和28年3月31日に開園しました。
その後、公園の面積に変更がされた記録がないことから、公園ができた当初から現在のまたがった区画であったと推測できます。
 分かれていた区画が一緒になるだけでも珍しいのに、そこに区がまたがり、さらに公園ができるというのは、何かの歴史的背景があったと想像ができます。
しかし、その真相は・・・今は謎のままです(スミマセン)。今後の宿題にします。

 
 真相究明には至りませんでしたが、休日のひと時、まちにある普通の公園で、歴史に思いを馳せてみるのもなかなか良いものですね!

最後は「区をまたがる」と知ったら誰もがやりたくなる(はず)安直な写真を1枚。
 
 
上福島北公園:大阪市北区大淀南2丁目4番
                大阪市福島区福島7丁目23番




 

2014年8月7日木曜日

済美カーニバルの模擬店は、子ども心をくすぐる仕掛けが満載です!

 夏も真っ盛り、みなさんいかがお過ごしでしょうか。昼間は陽射しが強いので朝と夕方の時間を上手に使って外出したいですね。夏の夕方と言えば、「つひまぶ」の夏号やブログでも紹介していますが、やっぱり盆踊りです。今回は、北区の盆踊りの一つ、「済美カーニバル」の子ども向けの模擬店(以下、「模擬店」)について紹介します。

 ここの模擬店は、子ども心をくすぐる仕掛けが満載なんです。
 
 まず、模擬店の種類が多いんです。定番のスーパーボールすくい、魚釣り、輪投げ、射的のほか、パターゴルフ、チョロキュー、ウルトラサッカーとあります。ウルトラサッカーって、気になるネーミングですよね。これは、射的のように的(ゴール)を狙って球を発射するのですが、それを邪魔する敵がいます。それをかわしてゴールを決めるゲームです。



 これが、なかなか難しい。だけど、ゴールが決まったときは、見ているだけでも爽快感があります。このウルトラサッカーは、車などの埃を落とすエアーダスターガンを利用しています。ガンの先端に球(スーパーボール)入れて、引き金を引いて発射します。扱いやすいようにエアーの圧力が調整されているので、小さい子どもでも意外と狙い通りに球が飛んでいました。

 このエアーダスターガンは、射的にも使われています。その理由を聞いてみたところ、「一般的な射的の銃だと、コルクを詰めてレバーを手前に引くときに怪我をしやすいから」と教えてくれました。子どものことを考えた地域の知恵と思いやりだと思います。



 そして、景品をもらうシステムが面白いんです。それぞれの模擬店では、ゲームが終わっても玩具やお菓子をくれません(一部例外があります)。その代わり、得点に応じて商品券をくれます。これを集めて、引換所で好きな玩具やお菓子と引き換えます。引換所は地域の駄菓子屋さんが協力しているだけに、かなり充実しています。


  
 これだけあったら引き換えるのが楽しいですね。
  
 また、こんな景品もあります。



 クワガタ。。。 個人的には、これが一番ほしい!

 
 とまぁ、こんな感じで済美カーニバルの模擬店は、子ども心をくすぐる仕掛けが満載なんです。それを地域のみなさんで考えて、そして、みなさんで協力して運営しているところが、地域の温かみがあっていいなと思います。

 今年の済美カーニバルは終わってしまいましたが、これから盆踊りが開催される地域もありますよ。 夕方の外出におススメです。
「つひまぶ」夏号(http://www.city.osaka.lg.jp/kita/cmsfiles/contents/0000274/274189/12.pdf)で日時を確認して、レッツ、ゴー、盆踊り!

 ※盆踊りや模擬店の内容は地域によって変わりますので、ご注意ください。

2014年8月5日火曜日

つひまぶ流 佐野惣コロッケと相性のよいソースはどれだ!!

天神祭も猛暑の中でクライマックスを迎え、今年もなにわに「夏」がやってきました。

さて、つひまぶ第2号でもご紹介した「グリル佐野惣」ですが、
わたしも大ファンのひとりです。
しっかりした生パン粉なので、ザクザクっていう食感がたまりません。

佐野惣コロッケは、お店で食べる時と持ち帰りの弁当には、
特製のデミグラスソースがかかっているのですが、
単品での購入は何もソースがかかっていません。

そこで!!

佐野惣コロッケと相性のよいソースを探すべく冷蔵庫の中を見わたすと、
さまざまなソースが出てくるではありませんか。
じつはわたし、結構ソース好きなんですねー。
ちなみに醤油も結構持っています。

さっそく佐野惣コロッケを買ってきて、
勝手に試食会が始まりました。

トップバッターは北区対決!!
ゆずの小町の「ゆずぽんず」です。
さすがにさっぱり!この季節、エアコンの効いた部屋で涼しげに食べるイメージです。
アツアツコロッケもアツアツに感じさせない、柚子の風味がさわやかで相性がよいです!
北区野崎町のコズミックダイナー 製
つづきまして、みかんケチャップ!
キャッチフレーズは「トマトじゃないよミカンだよ」
大阪では、売っているところがなく、オンラインショップでの購入です。
これ、すごく相性良いです。
ほんのりだけ甘いソースが、牛すじの味を引き立てています!
和歌山県有田市の早和果樹園 製
これって、大阪の定番って聞きました。イカリソース。
意外にスパイシーなウスターソースなので、しっかりガッツリとコロッケを味わえます。
兵庫県西宮市のイカリソース 製
なにわ名物串カツ用ソースの登場
さすがにドボンと漬けるソースのため、意外にしっかりドボンと漬けて食べられます。
たっぷり漬けてもあっさりしています。
大阪市福島区の大黒屋 製
タマリソースって、串カツソースの画像と比べると濃い色をしています。
これは、パンとキャベツを用意して「コロッケバーカー」のソースとして食べたくなりました。
かな~り濃厚で野菜が沈殿してる「溜まり」だというのが実感できます。
大阪市西成区の池下商店 製
どろソース。これもいわゆる「溜まり」ソースですね。
しっかり濃厚、しかもかなり辛い。
ここからは、キャベツの千切りを用意しました。
キャベツのシャキシャキ感と衣のザクザク感がたまりません。
神戸市中央区のオリバーソース 製
コーミソース。これは濃い口で、ウスターソースに慣れていると結構衝撃です。
大阪で売っているところがほとんどないですが、濃い口+キャベツ+佐野惣コロッケの相性は抜群だと思います。
名古屋市東区のコーミ 製
これも通販くらいでしか見たことないのですが、ネットで話題になったオメガソース。
濃いです。野菜だけでなくしっかり砂糖も加えてあるので、
佐野惣コロッケも、おやつ感覚で食べられる味つけに変身します。
愛知県碧南市の日東醸造 製
番外編1:大阪のスーパーでも見かけることが多くなった「赤みそだれ」。
ノーマルの商品は売っているのを見かけますが、
これは大阪でまだ一度も見かけない「ピリ辛みそ」です。
これは辛い!むしろ佐野惣のカレーコロッケに合いそうな味です!
名古屋市熱田区のイチビキ 製
番外編2:スーパーやおみやげで有名なメーカーの赤みそだれを置き去りにする、
究極の赤みそだれ、それが「まるやのみそだれ」です。
ほとんど流通していないので、工場直販かオンラインショップでの購入になりますが、
味が濃く、コクがしっかり出ています!!!!こりゃやばいw
クセになるか無理かは、あなたのお好みしだい!
みそだれの完成度は、右に出る商品はないのではと思っていますので、
一度、試してみては??
愛知県岡崎市のまるや八丁味噌 製

最後に。
グリル佐野惣は、持ち帰りの場合は電話予約ができるのですが、
初めて電話をするとちょっと驚きます。

「はい佐野惣ですー」
「予約したいんですが」
「はいどうぞー」
「コロッケ2個とメンチカツ1個お願いします」
「はいはい、お待ちしてます。おおきにー」(通話終了)

名前や電話番号、来店時間ってのを聞きません。
今から行く時に連絡すればいつでも用意してくれるし、
店に到着して「できてます~?」って声を掛ければ、
揚げたてのコロッケが用意されている。

昔の電話での通話ってこんな感じだったよなー、
って感じることのできるのも、昔から地元で愛されるお店ならではでしょうねー。

あ、佐野惣コロッケと相性のよいソースの結論が出ていませんでしたね。
一度、スーパーや市場に行ってみて、みなさんの足でベストマッチなソースを探してみてはいかがですか?
その時は、またぜひ教えてくださいね!

2014年8月1日金曜日

他にもある北区の盆踊り その2~新梅田シティ(スカイビル)~


先日のブログで紹介しましたグランフロント大阪「ゆかた祭りde盆踊り」に続いて、今回も企業が主体となって行われる盆踊りをご紹介! 
その名も『新梅田シティ夏祭り2014』

こちらは、本日(81日)空中庭園で有名な梅田スカイビルのワンダースクエア(1階中央広場)で開催されました。



 

このお祭りは、新梅田シティで働くワーカーさんに楽しんでもらうことを主なコンセプトに、新梅田シティオーナー会が主催しています。もちろん一般の方の参加もOK!
運営には地域の方の協力も大きいそうです。
何かと厳しいこの時代に、働く人のためにお祭りを開催するなんて、なんだか心が温まりますね!
少し笑ってしまったのが、関係者の方、数名に「何回目の開催ですか?」と伺ったところ、みなさん「何回目やろ~毎年やってるからよくわからんなあ~」的なお答え。
カタイ事は気にせず、今を楽しもうというような、大らかな雰囲気が伝わってきました。(ちなみに正解は20回目だそうです。回数にもビックリ!!)

 夜店も、この新梅田シティで営業しているお店が出店をしているようです。ちなみに串カツのコスパがかなり高かったです!(^^)!
 
さてさて、盆踊の輪をみてみるとさまざまな種類のゆかたが入り混じっています。
地元の地域だけでなく、北区内のさまざまな地域の方が集ってきているとのこと。
 
時間を追うごとに若い人の姿もチラホラ。仕事が終わったのかな?
 
 
 
これだけ色々な年齢層や地域が交じり合う盆踊りはかなり珍しいと思います。
お祭りは残念ながら今日1日の開催ですが、来年もきっとあります。何せ20回もやっているのだから!ぜひ来年は参加してみてください。
 最後に豆知識!スカイビルは世界を代表する20の建造物に選ばれていて、外国のガイドブックなどにもかなり掲載されているようです。今日もかなりの数の外国人が見学していました。