2014年6月16日月曜日

忘れ去られた昭和は、変貌する大阪駅の足下にあった

朝4時半という早い時間に仕事に行くのですが、もうその時間でも夜が白みかけているほどになってきた今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。こんにちは。なみはやノーツです。
もう夏至ですよ。げし。1年で一番太陽が長く昇っている(昼が長いのね)日であります。今年は6月21日だそうですがね。

さて、つひまぶでは「駅探」というコラムを担当させていただいておりまして、駅にまつわる不思議なもの、変なものを見つけてこいという、そういう記事を書いております。
ただですね、大阪市北区内の駅限定という制約がありまして、面白いものを見つけても、それは北区内じゃないから使えないとか、それ、駅違うし〜とか、色々あってボツになるものも多数あるんです。今日はそのボツネタの中からひとつご紹介しましょう。

新阪急ホテル向かいにあるちょっと汚い電柱。これは何?

画像が今これくらいしかないのでご勘弁下さい(後日追加いたします)
大阪駅の北、新阪急ホテルが背景にあるこの場所は、その昔、大鉄局(大阪鉄道管理局)があった柴田町交差点の南西角にあります。頭上には、JR大阪駅と阪急梅田駅を結ぶ陸橋があったりして、地上はちょっと殺風景ですかね。そこにあるひとつの電柱。いたって、普通の電柱なわけですが、これなんだと思います?
実はこれ、昭和28年に開通した大阪市営トロリーバス1号線の電線を支える電柱なんです。
正式には架線柱と言われるんですが、今でもこんなすごいお宝のようなものが現役で頑張っているんです。

トロリーバスというのは、見た目はバスそのものなんですが、電気で動く電車であります。路面電車と同じように、架線から電気の供給を受けるんですね。日本では、黒部立山アルペンルートの中にある、関西電力が運営している2カ所にしか存在しない貴重な乗り物なんですが、昭和の頃には、路面電車よりもコストがかからないため、大都市を中心として普及していました。大阪市でも、昭和28年の大阪駅前-神崎橋間で営業を開始して、数路線を営業していたんですが、車の増大によって走行環境が悪化してしまい、わずか17年の短い歴史で幕を下ろしてしまいます。

この架線柱は、その最初に開業した昭和28年から廃止される昭和44年まで使われていたと思われるものです(最初は違うものが建てられていた可能性があります)。実働16年ですが、廃止されてから現在までの方が圧倒的に長いという架線柱であります。
廃止されても撤去されなかった理由は色々あって、電柱というものはひとつの電線だけに使われる事はまれで、他にも電話線とか通信ケーブルが架線(「がせん」と言います)されてあったり、街灯や信号機が設置されている場合もあります。そういうところは用途が廃止されてしまってもおいそれと撤去することも出来ず、そのまま残ってしまうのですね。たまたま、この架線柱は、そういうものがあったために生き延びたのでしょう。ちなみに、阪急中津駅周辺の国道176号線付近は、このトロリーバスの架線柱がほとんど残っていますし、十三の駅前とかにも残っています。さらに、市電の架線柱も、大阪市内でもそこそこ現在でも残っているんですよ。また機会があったらどこかで紹介してみたいです。

変貌する大阪駅に、ひっそりと忘れ去られた昭和。何となくノスタルジックな気分にさせてくれるではありませんか。しかしですね。この架線柱「現役で頑張っているんです」と書きましたが、現在は他のケーブルが架線されていることもなく、街灯などにも何も使われていない状態です。忘れ去られている感じ。もしかするとそのうち撤去されちゃうかもしれません。見たい方はお早めにどうぞ〜